2011年10月18日火曜日
個性を捨てろ!型にはまれ!(食べる読書65)
いいこと書いてある。
本質を突いていると感じる。
が、
対象者がふわふわしているし、論理も浅いとも感じる。
おそらく著者の周りの人は「型」なんかくそくらえ!みたいな考えの人が多いのではないかと感じた。
一方、私の周りにはそういう人はほとんどいなくて、「型」ばかりを求める様な人が多いと感じる。だから、それさえ出来ればいいと考えているように感じて物足りない。「型」が出来ればそれでオッケーなのだ。野望なんてものは持ち合わせていない。
特に今はその「型」を扱った書籍やセミナーなど盛況なのではないかと思う。
著者の「型」に関する考えは共感するが、今の時代に「型」が求められているという論は賛成できない。
というよりかは、著者の「型」論はもうちょっと視点を上げてもいいのではないかと感じる。
今求められている「型」は使い古された「型」ではない。
そもそも「型」とは何か。
原因と結果の“原因”である。それをやるとどうしてもこの結果しか生み出さない、というものだ。
いろいろ言い方はあるが、「始まりは、既に終わりを含んでいる」と言ったとこだろうか。
一つの事象、一つの現象はそれで“一つ”ではないのだ。その原因があって初めて“一つ”になる。ただ単に目に見えるものだけがすべてではない。それは結果なのか原因なのか。結果ならその原因は何か。原因ならその結果は何になるのか。
そして、ここが大事なのだが、「原因と結果は一つの価値・概念を表している」。
だから、「型」を極めるということは、一つの価値・概念を生み出すことなのだ。
早寝早起き、運動週四日という「型」は健康と言う価値を生みだすだろう。
一方、暴飲暴食、たばこ一日五箱という「型」は生活習慣病やがんという価値を生み出すだろう。
これがやっかい。
「型」を極めないとその行動が織りなす価値・概念が何なのかわからないのだ。
だから、今求められている“型”は、「型」を見極める「型」や「型」を変える「型」である必要がある。
著者のいう「型」は今既に証明済みの価値を生み出す「型」である。
今後どんどん世の中のスピードは進んでいく。
我々はこのような人類未体験な時代を生き抜いていかなくてはいけない。
そんな未体験の社会で既存の「型」を身につけても、それによって生み出される価値はこれからの時代にマッチしているのだろうか。
さらに言えば、これからの時代は価値観の多様化というより価値観の変化がテーマになると考える。
だからこそ、「型」を見極め変える”型”が求められている。
じゃあ、その“型”とは何だ?と言われれば、…わかりません。としか言えない。
だが、その“型”を見つけるのが私の夢でもある。
この“型”で最高の人生を過ごす時代にしまっせー(^◇^)
以下抜粋
世の中には、成功するための「型」がある。
個性も才能もいらない。ただ用意された「型」にはまればいい。
あなたは自分の成功について、どれくらい真剣に考え、実行に移しているのだろう。
これは断言してもいいことだけど、「いつかそのうち」の夢なんて、絶対に実現しないまま終わってしまう。
ラクをしたいと思うのは、なんら恥じることのない当然の欲求だ。
自分で考える自分の長所、あるいは自分ならではの個性なんて、ほとんどの場合が「こうありたい自分」の姿でしかない。
本当の個性とは、他人と同じことをやっていく中でこそ、明らかになってくるものなのだ。
「型」の習得というファーストステップを無視して「型破り」を試みたところで、なにひとつ成功しない。
「対立」→「葛藤」→「和解」を踏まえた物語にすれば、まず失敗することはない。
その「型」があってこそ、外からの多様な価値観を受け入れ、自分をレベルアップさせていく人間になれるのだ。
自分の過去、つまり経験とは、徹底的に利用してこそ価値が出てくるものなのだ。
夢は、必ずしも必要なものではないし、夢なんかなくても幸せになることはできる。自分を押しつぶすだけの夢なら、とっとと捨ててしまうことだ。
貧乏くさい習慣が身についた人は、きっといつまでもその場にとどまる。
生活にそれなりの余裕が出てきたら、ちょっと上の習慣をスタートさせたほうがいい。習慣とは「型」なのだ。
とにかく、組織をうまく回したければ、その組織は徹底的にタテ社会にすべきだ。
個人攻撃をせずに、問題を全体の責任として注意することが大切なのだ。
特に若いうちには、上から言われたことを口答えせずにそのままやってみたほうがいい。
個性を伸ばしたければ、それは学校以外の場所でやる。子供の個性を見つけ、伸ばしていくのは、原則として親の仕事である。
子供になにかを教えるとき、つねに理屈を用意するのは不可能だし意味がない。
仕事とは「他人の需要に応えるもの」だ。
「誰かに役に立つ」あるいは「誰かに求められる」ということこそ、最大の個性だと思っている。
以上
またね***
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