2012年10月2日火曜日

水滸伝十八(食べる読書127)





最後の闘いが始まった。



漢たちが最後を全うしていく。



秦明が死んだ。



林冲が死んだ。




林冲が死ぬとは思わなかった。



死なないやつだと思っていた。




他にもそれぞれの死を迎えた。



もう、小細工なんてしている時ではない。いまある力を出しきるだけだ。真正面からのガチンコ勝負。




すべてを懸けての闘いが人生の中であるのだろうか。



真正面から、しっかり受け止め、見つめ続けて成し遂げる闘いはあるだろうか。



がむしゃらに何かにむかったことはあるだろうか。



自分を律し、この時のために準備してきたという闘いはあるか。




人生に意味を与える大事なことだ。






以下抜粋



「しかし、嫌いだよ、俺は。宋江殿には、なにかしら大きなものを感じる。李俊殿には、頼れるものがあるし、花栄殿は信頼できる。そう思わないか、張順?」
「俺たちは、俺たちの上に立っている人間のために、闘っているのではない」
「梁山泊のために、闘っているか?」
「いや、それも違う。心の底を見つめてみると、わかる気がするのだ。誰のためでもなく、自分のために闘っているのだとな」



やがて、「替天行道」を渡された。
石勇は、それに心を動かされたわけではなかった。それを石勇に読ませようとする時遷が、たまらなく好きになっただけだ。



「こわいものは、仕方がない、しかし、このこわさが、いままで俺を生き延びさせてもきたのだ」




「人が考えるより、馬はずっと勇敢であり、同時に感じやすい。それを人がわかってやることによって、傷も癒えるのだ。心の傷の方だが」




「時が、それほど都合のいいものだと思うなよ、林冲。眼の前から消えると、それが無上に大切なものだと思う。その思いは、消えぬよ。若い男と逃げて、死んでしまった妻でさえ、私は忘れておらぬのだから」




負けたと思っている兵に、気を取り直させる時も必要だった。負けたことがない兵は、しばしば負けながらも生き延びた兵より、どこか脆いところもある。



大敗しても、まだ優勢であるというのは、童貫にとっては大いなる皮肉であったが、考える時を作ることはできた。




「私は、私にできるかぎりの戦をやります。それ以外に、いま申しあげることは、なにもありません」
「それでいい」




「わしは、山で朽ち果てるはずだった。夢もなく、恨みや憎しみも呑みこんで、人知れず消えていくはずだった」
「それが、派手な余生になったな、解珍」
「それよ。人生を、もう一度生き直したような気がする。そんなふうに思える人間など、どこにもおるまい」
「羨ましいかぎりだ」




自分たちが恐怖を感じているのは、闘わずに負けることなのだ、丁得孫は思いはじめた。死ぬのがこわいのではない。闘わないまま負けるのが、こわいのだ。




具足を着けるのは、好きではなかった。それ以上に、志というもので心を覆ってしまうのに、馴染めなかった。自分が梁山泊に加わったのは、兄貴分の李俊に従ったからだ。




国の不正を糺そうとするなら、梁山泊にいる者はいかなる不正も犯してはならない。聚義庁が追及をしないのなら、自分が罰を与えてやる。




「宋江殿に傷をつけてはならない。失敗から憎まれることまで、すべて自分で引き受ける。それが呉用殿でもある。実戦の指揮を離れた時から、自分はそれでいいと思い定めたのだろうな」




宋軍の兵にも、家族はいる。殺されれば、当然その家族の心には、梁山泊に対する憎しみが芽生えることになるのだ。




人は、さまざまなものを、克服して生きる。自分が克服しなければならなかった、最大のものは、宦官であったということだ。




無抵抗の人間を斬ることに、阿骨打はいくらか気後れを感じているようだった。これまでも、そういう面を何度か見せている。
言い訳のように、あるいは自分を納得させるように、そういうことをいう阿骨打が、楊令は嫌いではなかった。しかし、これからもっと多くの人間を、殺さなければならなくなるだろう。
新しい国を作るとは、多分そういうことなのだ、と楊令は思った。




人の長い営みも、呆気なく灰燼に帰す。戦とは、そういうものでもある。軍と軍がぶつかり合うのだけが、戦ではない。




戦が好きだった。強い者を相手にして、完璧な勝利を収めるのが、なによりの快感だった。しかし、さらにその心の奥を探れば、恐怖があるのかもしれない。負けるかもしれないという恐怖。死ぬかもしれないという恐怖。
そしてそれを克服した時、はじめて自分を男だと感じることができる。
それは心の奥の奥に潜んでいるもので、自覚することは稀である。自覚したとしても、すぐに心の奥へ押しこめてしまう。



「頼むから、乗って逃げてくれ。生涯に一度ぐらい、女を助けた男になりたい」
「林冲殿」
「俺は、女の命を救いたいのだ。女の命も救えない男に、俺をしないでくれ」




「戦には、経験も必要だが、もっと必要なものがあるのですよ、呉用殿」




「大きな組織になったものだ、梁山泊は。ひとつの国のかたちをなしている。それをなすだけでも、想像を絶する苦しさがあったろう。そのうえ、北と南にも眼を配っている」
「私は、呉用殿のお躰を心配していますよ、いつも。私は戦のことだけ考えていますが、戦をする力が梁山泊にあるということは、忘れまいと思います。その力を作られたのは、呉用殿です」




「罵る相手が、いなくなった。私を罵倒する者もおらん」
林冲と公孫勝は、どこかで認め合い、通じ合うものを持っていた。鈍い自分にも、それぐらいのことはわかる。



以上
またね***


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