2012年5月24日木曜日

近代科学再考(食べる読書99-1)




以下抜粋

われわれが歴史へと向かうのは、廣重の用いていることばを借りれば、「問題を徹底的に考える」ためなのである。


自然現象はある普遍的な法則に従って生じており、その法則は認識可能であるということをわれわれは自明の前提としているのである。


ここ(力学)では、あらゆる物体の力学的なふるまい、運動が、それを質点同士の力のつり合いと質点の運動とに還元することによって解明される。


すでに17世紀にライプニッツは、普遍的な思考の学、普遍学なるものを要素論的につくりあげることを企てた。彼は、人間の思想を構成する単純概念を発見し、それを記号化し、それらの間の結合法則を確立するならば、あらゆる思想、あらゆる学問は記号計算、思想の代数学によって導かれるであろうと考えたのである。


物好きな人間がいようがいまいが、科学の研究は進行する。科学は一つの社会的制度となっているのである。


専門的な述語を確立することは、同時に一つの科学を確立することであったのである。


単位がないから、量を数値で表すことができない。したがって、数学的に扱えるのは、同種の二つの量の比だけに限られることになる。


科学に基礎づけられる近代的技術が可能となったのは、単位系の確立のおかげであったとさえいえよう。


科学の制度化とは、科学がその出生に由来する余分の要素を切り捨て、合理化されてゆく過程でもあった。その過程をへて、科学はどこへでも移植できるものとなったのである。


明治以後の日本が移植したのは制度化された科学であり、それは文化的な伝統や自生的な発展とは独立に、あるいはそれをおしつぶしてでも移植されうるような「合理化」された科学であったということが、明治以後の日本の科学史にとっては決定的なことであってように思われる。


科学なしには工業化社会はありえず、逆に科学は、工業化社会において役立つものとしてのみ、その存続・発展の社会的条件が保証されている。


要素を抽出することによって成立した部分的認識は、その部分において有効であるということ自体によって、逆に全体に対しては無力であらざるを得ないのである。


技術化は科学そのもののレベルで認められる特質であり、体制化はこの社会のなかでの科学の位置づけにかかわる特質であるといえる。


体制化とは、科学が現存の社会秩序を維持するための不可欠の要素となり、その結果として、この社会秩序の中に科学の維持発展のための制度的装置がそなえられ、この社会秩序をはなれてはもはや存在しえないものとなったことを指している。


科学の前線配置は、科学の内的必然性といったようなもので決まるのでなく、社会的に規定されるものであることを認識せねばならない。


科学は国際的であり、その色彩は近年ますます強まっているが、その結果、科学の前線配置もきわめて国際的に均等化され、国による違いは今はない。


業績の高低の客観的測定ということがそもそも一つの幻想でしかない。人間の認識に新しい地平を開くような研究とは、現在の科学の諸前提・諸枠組みをうちやぶってゆくものであったとは科学史の示すところである。しかしそういう研究こそもっとも判定のむずかしいものである。比較的容易に客観的評価の下せそうな研究とは、確立されたいまの科学の守備範囲内にあるもの、したがって、いきおい技術的性格の強い研究ということになる。


現在われわれが住んでいる社会秩序は、その物質的な豊かさにもかかわらず、いたるところでメカニズムによる人間的抑圧にみちており、大多数の人々がそこに堪えがたさを感じている。現代の体制化された科学は、そのような社会秩序の維持に奉仕するために、体制の不可欠の要素としてそこに組み込まれているのである。


ある技術を入れて活用するためには、それに関連したすべての技術が必要となるが、そんなものが備わっているわけはないから、結局、先進国から製品の形でいれるほかない。こうして、技術援助はじつは市場開拓、資本進出の尖兵としての役割を果たすことになる。経済的従属がかえって深まり、新植民地主義とよばれる事態がそこからもたらされたのは意外なことではない。


多くの学生が、意識的、無意識的に、大学に課されているのは現行体制の規格化された部品としての、一定の知識・技能をもった労働力商品に加工されるべき客体にすぎないと感じており、ここに学生が大学生活に対していだく深い失望と不満の根元がある。



元素概念が確立されたことは、物質世界の質的多様性と質的変化との全体を通ずる要素的単位が確定された事を意味する。こうして、化学を機械論的近代科学の軌道にのせるための、第一の前提ができあがったのである。さらに、ラヴォアジエによって定量分析の意義が判然となり、化学方程式が創始された事は、化学を力学・天文学と同じ数理的方程式の列に近づけるものであった。



自然科学の真理は、唯一絶対で普遍的なものであり、ひとたび見出された科学の法則は、どこまでも妥当性を主張しうるものと信じられたのである。しかしこれは、人間の自然認識が相対的であり、部分的なものであることに気づかないために生まれたオプティミズムにすぎなかった。



ある実験によってある結果を得たとすると、この知識をもとにして、その後の波動関数の変化のようすを知ることができる。そうして決定される波動関数は、その同じ系に対して、そののちにある物理量の測定を行ったときに得られる値の、確率的分布をきめる。


古典物理学では、実験と微分方程式の表す法則とが密着していたが、量子力学では、基本法則と実験によって得られる知識とが分離され、そのあいだが確立によってつながれるのである。


公理主義的な観点からすれば、数学は、任意の公理系のうえにうちたてられる形式的な理論の体系である。公理系をとりかえれば、それに応じて異なった数学がつくられる。数学的真理はいまや、唯一絶対のアプリオリ性のうえに立つものではない。これに対して物理学は、もちろん形式的な理論の体系ではない。それはつねに客観的な自然を相手としなければならない。


なるほど、次々と新しい装置が作られるのに応じて、いわゆる新事実は発見されている。しかし人々は、この過程をどのように方向づけてゆくべきかの確固たる指針をもたないようにみえる。それらの発見によって、自然に対する理論的認識が何ほどでも深化したかどうか、はなはだはっきりしない。理論物理学者の大部分は、その場その場の実験結果との応接で日を送っているだけである。…、理論物理学者は、そのときそのときの実験データを処理してゆきさえすれば目的を達する、という立場を公言する人が少なくない。その人たちは、全素粒子を一つの、あるいは数個の原初的実体の結合と変容によって表現する、という目標を追求している。しかし、この立場は、単一の原理から全存在を導きだそうとする志向において、ときに一つの自然哲学あるいは一種の形而上学におちいるおそれなしとしないのである。


どの範囲をとらえて全体というかは、全体が認識されたあとでなければ明確に言うことができない。だから、けっきょく分析的方法による部分的認識をつみ重ねることだけが科学たりうるのだ、という立場が成立するであろう。


分子生物学は多くのことを明らかにしたけれども、その名前のとおり、それは核酸やタンパク質の分子の行動を追求するものである。


多数の細胞を秩序ある体制に編成し、全体を調和的に動作させてゆくためには、全体をよくコントロールする機構がなければならず、そのような機構がうまく働くためには、各部分の状況を的確につかみ、それに応じて各部分に指令を与えることができなければならない。そのためには、生体内にたえず情報が流通していることが必要である。こう考えるならば、じつは個体としての生物を理解するためにも、あるいはそのためにこそ、情報という概念は不可欠である。


一般に自分で自分の状態を制御しながら、外部からの入力に対して適切に対応してゆく働きをもつ系は、すべてそのなかに、コントロールのための機構をもつとともに、情報を伝え、処理する機能をもたなければならない。生物体にしろ、電子計算機その他の自動機械にしろ、この観点からみるとき、いずれもその働きは共通のパターンをもつのである。こうして、このパターンを一般的に論ずる科学、生物と機械における制御と通信の理論、としてのサイバネティックスが生まれた。


科学は部分をとりだしての認識であったが、技術はつねに全体がどう働くかに関心をもたねばならない。このような特色をもつ技術において、確率的把握が物理学因果的な把握よりもしばしば有効であることは、きわめて納得のいくことである。


サイバネティックスは、対象を要素とその運動とから構成的に理解し、把握することができる、という観点からはなれている。それはむしろ、さまざまな全体としての現象をパターンにおいてとらえ、それら諸パターンの共通性、パターンとパターンの移行・連関にみられる法則性を追求しようとする。



原理的に言えば、情報理論の対象となしうるような情報に対する、記号論理化することのできる操作に帰着できるかぎりの思考活動は、すべてオートマトンにやらせることができる。


昭和の戦前・戦中において、大学の理学部はアカデミズムの象徴から社会的実用にこたえる機関へと変貌したということができるであろう。



こんにちの科学の研究は、大学におけるものも含めて、与えられた条件のもとで既存の手段をうまく使いこなして、与えられた課題を解決するという「技術的」な研究が大部分を占めることになる。


若い研究者は、すでに与えられている軌道のうえを早くスマートに走ること以外に学問的野心というようなものは持たないようにみえる。


その研究の多くはルーチン化しており、こんにちの科学の全状況を根底から批判し、まったく新しい学問的視野をひらこうというものは少ない。その根源的な理由は、以上にみてきたように、体制化されたこんにちの科学が深い疎外におちいっていることにある。それをつきやぶって、ゆたかな学問的創造性を獲得するためには、あれこれの研究機構のプランを練ったり、研究連絡の組織をいじったりという技術的なことだけでなく、いわんや、東京オリンピック以来ナショナルな合言葉になったかのような”根性”などではなく、こんにちの科学を規定している社会的基盤にまでつき進むするどい批判こそが何よりも必要であろう。



われわれが追及すべきは、こんにちの科学の前線配置を変え、その野放図な、反人間的な発展をおさえることでなければならない。そのためには、科学の体制的構造を変えること、そこへ至る道として、科学のコントロールの主導権を資本や国家からわれわれの手にとりもどす努力が必要である。


科学は、いわば全人民的なコントロールのもとにおかれねばならないであろう。


科学はそれ自体として善であり、科学はとにかく科学としてまず発展させるべきだという価値観は、いまや転換されねばならないのである。


力学の基本法則も経験的事実の集約にほかならず、決してアプリオリな数学的真理ではないこと、したがって、物理学のほかの分野の法則よりも優位におき、それを物理学の確実な基盤とみなす根拠はどこにも存在しない


科学の革新は、「それまでに存在しなかった問題を、問題として意識するような視座の獲得とともに」はじまるのだ。相対性理論はまさにそうした意味での革新であった。


科学の研究目標となる問題は、客観的に自然から人間に向けて投げられるものでなく、人間がその自然観・科学観にもとづいて自然に対して問いかけるものである。科学研究の問題は自然観・科学観と相関的にのみ設定される。


to be continued ・・・




2012年5月17日木曜日

経験のメタモルフォーゼ(食べる読書98-2)




以下抜粋


経済のグローバル化の進行とともに、すべての問題は、歴史や理想に依拠して語られるのではなく、有用性と経済効率に即して語られなければならないとする乾いた経済合理主義が、私たちの日常世界の隅々にまで深く浸透してきた。いつしか有用性と経済効率というフレームが、私たちの日常的思考を拘束する初期設定となった。その結果、社会という土壌で、大小の物語そのものが根腐れ状態となり、技術的な「問題処理」的思考ばかりが氾濫する時代となった。


いまや、子どもは、大人と共に暮らし、苦楽を共にし、物語を共に紡ぎ合う共同生活者としてではなく、未熟な「教育を要する人」として対象化され、大人の<教育的まなざし>に囲い込まれる存在となった。


「人間形成の物語」が不在のまま、過剰な教育意識が子供に差し向けられるという、まことに逆説的状況が出現している。



生命(Leben)とは、言葉によってではなく、その動きの中に身を置き、「形態」や「形成」のただ中に身を委ねなければ感受できないものであるというのが、ゲーテのいう「形態学」の考え方である。


ヴァイツゼッカーは、個体の生死を超えて持続する何かを、生命と呼んでいる。



個別性とは、「生命それ自身」が、自己を具体化する一つの現れであり、その現れである<わたし>という形象は、生命の複雑な流動性によって、絶え間なく形を変えていくものではないか。


生命体は、あくまでもその環境世界に適応し、その世界を生きているのであるから、その生きられた状態、ありのままの姿で捉えられなければ意味がないと、ユクスキュルは考えた。


思い切って旅に出ること、外の世界に身を晒すことが経験なのだ。


経験は、日常的に構築された生活地平を強化するばかりでなく、人が生きる日常的世界という土台そのものを揺るがし、混沌とした世界を呼び起こすきっかけともなるものである。


「先走っていえば、自己の存在が、この一次的経験的意味で安定している人間では、他者とのかかわりは潜在的には充足したものであるが、存在論的に不安定な人間は、自己を充足させるよりも保持することに精一杯なのである」


他者やものとのかかわりを日常的に意味づけ、枠付ける経験を「基礎付けられた経験」と呼び、そこには、すでに経験の意味を先取りするフレーミングが行われていると見る。言語化するという行為がそれである。


ハイデガーにとっては、「意識に新しい真なる対象が発現するということ」が、「経験する」ということの内実である。


経験は人間形成にとって諸刃の剣である。それは、制度化された日常性に見通しや力を与えるものであると同時に、その日常性のヴェールを剥ぎ取り、その虚構性を自覚させるはたらきもする。


共同体において、前世代と後世代とが「生身の」人間関係で培ってきた文化の伝承が、学校という制度を媒介にして組織的かつ帰納的に行われるようになったこと、その事実は、ヴェーバーのいう社会全体の合理化過程の一環として理解するべきであろう。ここで注意しなければならないことは、前世代と後世代というジェネレーション関係の根幹に関わる人間形成の問題を、「教師‐生徒」という制度的枠組みの中だけで考えてしまう私たちの教育思考の貧しさである。


共同体の崩壊と「大人であること」の自明性の喪失という問題を抜きにして、教育関係を精確に論ずることはできないからである。


憧憬したり、反発したりする大人が身近にいれば、子どもは、生きること、働くこと、そして大人になることの慣習行動に参加し、「大人になることの物語」を無意識のうちに獲得していくことができる。



学ぶとは、知識を伝達される過程である以前に、まず模倣行為であり、状況に参加していく行為であったのではないか。働くとは、単なる生産行為というよりも、むしろ様々な他者と関わり合う儀礼として捉えられるのではないか。そして老いるということは、鷲田清一も指摘するように、単なる自立能力の衰退ではなく、その振る舞いを通して成熟の意味を子供や青年に伝え、死者を含めた異界との関係を深めることが可能になる時期として、積極的に理解することができるのではないか。



各々の状況が、関係者の意識を媒介にして、「共有する現実」を構成しているのである。個人とは、その共有された現実の住人に過ぎない。
そう考えると、子どもの学習においてまず手がかりになるのは、子どもの自己活動や教師の指導といった状況離脱的な概念ではなく、むしろ日常世界における身近な他者たちによって、すでに構成された社会的世界や状況であることがわかるであろう。子どもは、すでに構成された社会的世界に参入することによって、学習が進行していくのである。


個人を超えた状況が先にあって、その編み目(テキスト)の中に、親方や兄弟子たち、そして新参者が組み込まれているのである。したがって、教育関係においては、教師や生徒の個別の営みを超えて、彼らが共に属する社会的世界のコードこそが決定的に重要なものとなる。



現実とは、単独で構成するものではなく、他者との模倣的な関わり合いの過程で、徐々に構成されてくるものなのだ。


子どもがそれまで見たこともなかった珍しい出来事は、身近な他者である大人たちからあるコンセプトを与えられることで、ある形をとって定着する。日常の言葉では説明しがたいある出来事を、事後的に言葉で跡づけるところに「経験」が成立する。


近代技術は、人間の生の偶然性、脆さ、受苦性を認めない。すべてを反復可能な経験に仕立てるのだ。


いつしか学校制度が、通過儀礼を担う共同体にとって代わった。現代では、入学、卒業、資格取得、就職、研修、管理職試験というように整備された社会システムが、通過儀礼の役割を果たしている。日常化され、システム化されたライフステージ。しかし人間の生は、日常性という明るい階段を上るだけでは満足しない。無意識のうちに陰や闇の部分を追い求めている。



老人は、草むしりや庭掃除などの、この世の知恵を教える者であるばかりではない。この世とあの世の橋渡しの仕方を子供たちに教える存在でもある。


「大人」と「子ども」は、決して実体概念ではなく、人間のある側面に切れ目を入れて分節化した関係概念に過ぎない。


大人とは、何らかの共同体を前提にした集合概念である。共同体のないところに大人は存在しない。


日常生活から異界や死者との対話が消えはじめた、ちょうどその頃から、子どもが死を追い求めるようになったという文明の逆説を考えないわけにはゆかない。


パーソナル・アイデンティティの成立根拠を何らかの集団に求めることが、もはや不可能な社会状況が到来した。


人間は、もはやアプリオリな定義箱に納まるかたちでは存在しない。その生活史は、自己の生きる「現実」を繰り返し越境して、他者や異界と関わりつつ経験を変成していく過程となる他はない。


制度化され凝固される経験と、そこから再び脱出しようとする経験との一連の循環運動の狭間に、私たちの「日常生活」がある。その意味では、経験は既知性であると共に、必ず未知性に開かれている。


「子ども」と「教育」という概念は、産業化途上のほぼ同時期に生まれたのである。


ドイツにおける教育人間学が切り拓いてきた地平をまとめて言えば、①生の連続的形式に加えて、「生の非連続的形式」への着眼、②に子供の実体視から解放されて、生涯にわたる「人間の自己変成、相互生成」の可能性を示唆してきたこと、③<教師‐生徒>という狭い教授学図式から脱して、ミメーシス、経験、他者などの概念を通して、人間生成の広大な地平を獲得してきたことである。


生活において、五感における近距離感覚(感触、味覚、臭い)の代わりに、遠距離感覚(耳そして特に目)を用いることは、具体的事物や他者からの隔離と観念化、抽象化を推し進めることとなった。そこには、認識の身体性や感触、味覚、臭いといった「近距離感覚」が退化する状況が生み出されてきている。


近代以前には、そもそも<時間>の経過とともに人が発展的・向上的に変化するという観念そのものが希薄であった。これは、<進歩>や<進化>の観念と同様に、近代になってはじめてまなざしを向けられるようになった観念の一つだからである。


「発達」は、職業的身分制度が崩壊し、共同体の桎梏から個人が「解放される」過程で生じた新しい観念である。



子どもの「弱さ」への着眼こそが、実は「発達」の観念を生み出す母体であった。


子どもに固有の生活世界が「発達」の名のもとに抑圧されるという状況させ生じてきている。


人間は本能的な<衝動>の制約を超えた、つねに「解釈された意味の世界」に生きている。この「解釈された意味の世界」を、言語体系によって切り取られた世界、関心や文化の体系によって構造化された世界と呼ぶことができるだろう。



ヒトは<文化>によって自然から解放されると同時に、<文化>によって拘束され抑圧されるという、文化の有する独特の両義的性格を、丸山は説得力のある論理で展開している。



子どもが「無限の可能性」であるとすれば、それは大人にとって把握不能である。「無限」をつかまえることなど、とうてい出来はしないのだから。そこで前面に押し出されたのが「発達」であった。


「いじめ」の背後には、秩序化と混沌化の二重の世界を行きつ戻りつ学校生活を送っている子供の深層があることを理解しておく必要があるであろう。



主体と現実が別々にあるわけではない。受苦的な経験の生み出したものが主体の拡散であり、同時に流動的な現実の開示なのである。



一九六〇年代以前の日本では、家庭でも学校でもなく、まさに地域共同体こそが、子育ての中心的な舞台であった。



まだ社会化されず、制度化されていない子供の世界体験は、基本的に生命系(自然性)の自己運動の中にある。子どもは、主客未分の混沌状態を含む生命の自己運動において、自然、他者、事物とかかわる。



育児、教育、医療、情報、福祉、警備などの諸機能が家族から分化して、それぞれが社会的なシステムとして独自の歩みをはじめたのだ。私たちの生活は、そのシステムに依存しなければ最低の生活すらできなくなった。何事につけ便利ではあるが、家庭内で処理できる問題が極限にまで縮減した社会、それが都市社会である。


第四空間としてのメディア空間は、一挙にグローバル化された世界に飛び込める点で、個人に新しい情報をもたらす可能性はあるが、そこでは厳密な意味での他者との「関わり合い」が成り立ちにくいという限界があることも理解しておく必要がある。


以上
またね***





2012年5月16日水曜日

経験のメタモルフォーゼ(食べる読書98-1)




”経験”とは何かを考えることで、人間形成をとらえ直すということを本書で考えている。


多様な視点から人間形成に関して述べているが、結局はそれだけにとどまっているようにしか感じられない。まあ、これがいまの社会といえばそうだ。


皮肉ではあるが、今の(科学的思考を基にできている)社会システムの中にいては、そこでもっとも有能とされるのはどれだけ科学的思考ができるかであるため、(そんな人が)いくら今の社会の問題を論じてみたところでその本質へはたどり着かないということ。なぜなら問題探究・解決の道具がその社会そのものである科学的思考だからである。


突き詰めれば突き詰めるほど泥沼化していく。


人間形成に関して言えば、本質は次の通りだろう。


科学システムにより成り立つ社会において人間はどうあるのが(今後も種としてありつづけるには)最も適切か?ということだと思う。


産業革命以後の社会にとって人間は大人と子供に分けるほうが、人間の在り方として適切だった。


産業革命以前は特に大人と子供とに分けるのは不適切だった。だから、そうはなっていなかった。


それだけのことだ。


では現在は?


発展・発達という概念では解決できない問題が出てきた。それは、本書でも述べていたが、大人と子供とに分けること自体に対して疑問を持たなければいけないことを意味しているのではないか。


というわけで、本書では書かれていなかったが、ここで私なりのこれからの人間の在り方のモデルを記したい。


社会の構成員一人一人が起業できる能力を有すること。これが社会参加のパスポートだ。そして、これはできれば七歳くらいには身についていたいと考える。


今のような学校はない。というより年齢で選り分けて教育するという方針がだ。義務教育はないのだ。これは国のシステムに自らの可能性をささげる行為という意味へと変わるからだ。


「この二十年間に、子供の誕生、子育て、労働、医療、警備、高齢者介護、そして死にいたるライフサイクルに関わる問題のほとんどの部分が、家族の営みの外に置かれるようになった。」と本書にあるように、いまの家族には人間形成する能力はない。


では何がこれらを学ばせる”場”となるのか。


ビジネスである。


家族は社会構成の集団の最小単位として人間形成に大きな役割を果たしてきた。そして家族は血縁によりその集団をまとめていた。


しかし、これからはビジネスがそれを担う。一様にビジネスといってもその規模は大小様々だ。つまり、職種・関与する人数など、これらは自分で決めることができる。そしてそのビジネスを通してライフサイクルに関わる問題と直面していき、人間として出来上がっていくのである。その結びつきは血縁ではなくビジネスである。


こう言うと金だけのつながりのように感じるかもしれないが、いまの現実の社会でのビジネスもただ単に金だけの尺度でビジネスが展開しているわけではない。金よりもどんな人物かが最も重要な尺度である。そのため一人一人は自らを教育する必要に迫られる。だが、どう教育するかは自分で決めることができる。おそらくきちんとした考えのもと決めることができるだろう。なぜなら、現実の社会をビジネスを通して観ているので、どんな人生を生きたいのかが明確かつ現実的になると考えるからだ。


他にも根拠を挙げれば挙げられるが、そんなことに意味はない。なぜならそういう論理自体が、物事を一つの見方に圧し込めることになり、硬直化した思考しかできなくなるからだ。


なぜビジネスを挙げたかもここに本当の意味がある。ビジネスを起こすということはこの社会にひとつ何かしらの変化を起こしたということである。この変化を起こすということ。これは始めた事業を途中で止める能力も含まれる。


このことが何を意味するかというと、システムに縛られないことを意味する。ビジネスという名のシステムを創りもするし、場合によっては止めることもできる。壊しもできる。


システムとは効率化により出来上がってくる現実の仕組みだ。これは科学的思考が基になっている。つまり、皆民ビジネス制度により、科学的思考に縛られる現在から、これらを扱う側へと視点が一段高くなることを意味していると考える。


自ら変化を起こす能力。自分と社会(環境)との相互作用に意図的に入り込む能力。これが求められている、あるいはこの能力があれば今の問題は解決するのではないかと考える。



もちろん社会的制度としてこの段階にまでなるには時間はかかるだろうし、変わらないといけない部分もある。資本主義をどうするか、科学の進歩をどうやって支えるかなどだ。



しかし、ただ単に昔と今を比べて変わる必要性を叫ぶよりも、何かしらのゴールを創ることは意味がある。



以上が私の考えである。


読みやすかったではあるが、途中からありきたりで少しつまらなく感じたことも確か。



まあ、でも新たな知識もあったし勉強になりました。何より、考えるきっかけになったのが一番の収穫です。


to be continued ・・・



2012年5月14日月曜日

水滸伝3(食べる読書97)




これまで偉人だったり物語の登場人物だったり魅力的な人と本を通して、または現実社会の実在の人物と実際に出会ってきた。


惹かれる人は多数いるが、やはりどこかしら自分のモデルと呼べる人には出会えなかった。何かが違うと感じるのだろう。自分の目指しているものとのずれを感じているのだろう。


そんな中、私が目指しているのはこういう人、こんな役回りといえばいいだろうか、こういうことを成す人物になりたいと昔から抱いていた想いを生きている人物がこの水滸伝にいる。


宋江。


がその人だ。


私はなぜか”始まりの人”になりたいと小学校高学年のころから思っていた。


なぜそこに価値を感じるようになったのかはわからないが、強く意識した人物というかその生き様があった。


それは、ブッダ (第1巻) (潮ビジュアル文庫)に出てくるチャプラという登場人物の生き様である。


小学生のころなぜか家に手塚治のブッダの単行本が第一巻しかなかった。その先を読もうにも一冊しかないため仕方なく何度もその第一巻を読んだ。ちなみに、ブラックジャックも単行本の第一巻しかなかった。特に親にねだるということもしなかった。ただ単に家にある本を読んでいるという感覚で、なければないで(うちの家の本事情は)そんなもんだろうとしか思っていなかった。


チャプラは奴隷である。古代インドの時代、いまも残っているカースト制度の最下層だ。そんな奴隷のチャプラが身分の壁を超えようとする話だ。


そこには、現実の不条理さに対するチャプラの怒りが描かれている。そして、それはカースト制へと向けられる。その挑戦が奴隷から兵士へと身分を変えることで達成しようとする。


水滸伝も根本はそうだ。官の腐敗による民の苦しみに不条理さを見いだし、男たちは立ちあがるという話だ。


チャプラはただ単に、自分もその社会の上の層に行こうとした。宋江は、その社会自体を変えようとしている。


二人の動機は同じだが、それをどう解消するかが違うのだ。


おそらくブッダも宋江と同じ立ち位置だろう。新たな価値を社会に訴えた。この対比を手塚治は描きたかったのではないだろうか。だからプロローグとしてチャプラを描いた。


ではなぜブッダではなく宋江を最もマッチしたモデルと私は思ったのか。


それはただ単に、ブッダが偉大すぎるというのもあるし、具体性が見えないという点が大きい。たしかに、前から自分のやりたいことは、大きな視点で見ればブッダやキリストのような新たな価値観を提示することだろうな、とは思っていた。だが、それは数百年単位で見てはじめていえることであって、それまでいろいろな人がそれぞれの時代に対して意見は言っていたと思う。


その点、宋江は、(あくまで物語であるが)役回りはブッダと同じとは思うが、その方法が具体的だ。既存の社会を壊し新たな社会を創る。そのため叛乱という形から国対国へと持っていく闘い。実際闘うのは晁蓋はじめ林冲など腕のたつ者たちである。しかし、本当の闘いというのは、いまある社会(水滸伝でいえば宋という国)よりも価値あるものを創り出すことである。


つまり”生む”闘いである。何かを壊したり、誰かと競争するということではないのだ。


今の価値に見切りをつけ、さらに良い価値を産み出す者へ投資できるか。


戦闘の腕では平凡でしかない宋江が梁山泊の頂点に立つのは、この点を梁山泊の雄志たちがよく理解しているからである。


怒りを単なるフラストレーションのはけ口で終わらせるのかどうかは、さらに高い視点でこの怒りを見ることができるかどうかだ。そこから新たな道が見えてくるし、切り拓かれる。


まだ具体的にどんな国にするのか宋江の口からは語られてはいない。


だが、期待しよう。ついに宋江は国全体を観る旅に出た。どんな答えを出すのか。


歴史は、その時代時代の問題を当時の人が一つ一つ答えていった結果である。どんな答えであったにしろ、その答え自体がなければそこで歴史は終わっていた。答が正しいかどうかなんてわからない。


とりあえず出すのだ。このいまを生き残るために。その積み重ねだった。まずここだ。この危機を乗り越えるのだ。そして、その次の問題に対しては、またそこで対応していく。


私は、そんな人類の営みの中で、答を提出する者でいたい。どんなに醜くても生きてやるという次の一手を出すという、人間の泥臭さというのをこの人生で表現したい。私は人類の一員になりたい。そう思っている。


以下抜粋


「小さくかたまるなよ、楊志。おまえがこれから歩くのは、道のない荒野だ。いままでの考えを、すべて捨てなければ、一理も進めん。道をただ歩いて行こうというような考えをな」


公孫勝は、見るところはすべて見ている。それがこの男のすごさだ、と石秀は思っていた。兵のつらさや苦しさも、決して見逃してはいない。



事をなす者は、場所を選ぶ。


「間違ったことを聞いた、と私は思っていない。それにこの山寨は、私のものではない。世を糺そうという思いを持った者たち、全部のものだ」


「人間になるのが、叛乱か?」


およそ、古今の覇者というものは、たったひとりの志からはじめているのです。


「いいのだ、呉用。こんなことがほんとうにあるのか、と私も思う。しかし、あるのだ。私も押し潰されそうだし、宋江もそうだろう。そして、おまえもだ」


「そうだ。大きなところで、頭が働かなくなるのだ。だから、晁蓋殿や宋江殿の手を汚させてはならん。あの二人には、大きなところでいろいろと考えて貰わねばならんからな。おぬしも同じだ」


私は、好きか嫌いかだけを訊いている。そして、好きならば行け、と言っている。それだけのことだ。


自分が抱いている志を語っていいのかどうか、宋江はやはり迷った。語った以上、宋清をそこに引き込むことになる。


人から、志を奪うことはできない。その志と、宋清に対する思いを、秤にかけるのも、不遜というものだ。人にとっては、それぞれに大切な思いに違いないのだ。


「考えてこい。そして、覚悟もしてこい」


自分の強さを確かめないかぎり、不安になる


「豊かさを求めてはいないが、それでもここの暮らしは豊かになった。静かな日々の中で、私も鮑旭も武松も、それぞれが自分とむかい合い、土を耕し、焼き物を焼いた」


棒術の強さなど、人間の強さの中では小さなものだ。それをすべてと考えているから、おまえは幅の狭い男になった。


おまえは、すでに棒の技はきわめている。あとは、人としてどれだけの幅を持つかということだ


「一生、忘れぬと思う。そして俺は、自分のために死ぬことを、自分に禁じた。苦しかろうが、悲しかろうが、それから逃れるためには死なん。死んではならん」


「人間は、どこかで気持ちを緩ませなきゃならん。ほんのちょっとだけな。うまいものを食い、酒を飲み、女を抱く。そしてまた、厳しい闘いの中に戻ってくる。兵も人間なのだ、楊志。人間だから、この世の不条理に我慢がならず、命をかけて官軍と闘っているのだ」


闇の中を、ゆっくりと歩いた。いまの自分の状態によく似ている、と宋江は思った。志を抱きながらも、歩いているのは暗闇の道である。しかし、遠くに光明は見えているように感じられる。


「生きることは、苦しいな、宋清」


以上
またね***



2012年5月8日火曜日

おもかげの国うつろいの国(食べる読書96)





ちょうど三年前になるだろうか。

あるバーにバイト仲間と飲みに行った時のことだ。そこは外国人のお客さんが頻繁に来る店だった。ちょうど私たちが行った時も何名かの外国の人がいた。ほとんど西洋系だったと思う。

そこで一人の外国の人と話をした。彼はイスラエル人で、日本へは旅できていると言っていた。仕事は新聞記者をしているとのことだった。日本語は三週間で学んだにしては上手で、日本語と英語を織り交ぜながらの会話だった。

その時日本の感想を訊いた。


すると彼は、「何を見ても何を聞いても驚きで新鮮だ。」といったようなことを言った。どこが新鮮なの?と聞いても、「何もかもだ。」みたいな感じだった。


その時は日本の独自性はわからなかった。外国から見たらそんなもんなんだろうな、ぐらいにしか思わなかった。


しかし、本書を読むと日本の歴史を通して一貫している日本らしさというか価値観をなんとなく知ることができたと思っている。


日本は結局長期的視点に立って自分から何かを創り出そうとか自分から変えていこうという考えはあまりないんだろうと感じた。無から有を生むという価値観はないと感じた。


まあ、実際自分も無から有を生むっていうのは何かどこかしら不自然だと感じるし、しっくりはこない。


その代わり、日本の特徴として流れを読む・活用するという能力が優れているんじゃないかとも思った。


外部との交流が容易でない島国の中にあって、台風・地震・火山噴火などなど日本には様々な自然現象がある。そこには一貫性を感じさせるものはなかった。よって、八百万の神が生まれたのだろうし、それらをどう解釈するかということに関しても独自の視点を持つにいたった。


著者が挙げる「うつろい」や「おもかげ」はそんななにかの流れを表すものである。


まだまだ私が知らないことも多いし、人類が解明できていないことも多い。


だが、ちょっと立ち止まって考えてみると何かを「知る」とはどういうことかということにも目を向けるべきだとも感じる。現代の「知る」とはその対象を再現できることを意味していると考える。それは科学的視点によるものである。


もし、「知る」対象自体が変わるとするなら、我々はそれらの変化を把握できるだろうか。あるいは、変化を把握することが「知る」ことであるととらえていいのか。


そんな問いに何かしらのヒントを与えてくれそうな気がするのが、本書で語られる日本の価値観だ。


以下抜粋

歴史のどこかに強いナショナル・アイデンティティの軸の確立があったわけではなく、また数人の思想家や芸術家によって日本を代表するイデオロギーが確立されていたわけではなく、むしろ、さまざまな矛盾や相克を組み合わせて乗り切ってきたところに日本社会や日本文化の良さや面白さがあるのではないか


日本の歴史のなかで表現されてきたイメージとメッセージを、それぞれ「情報」と呼ぼうということです。これは歴史を因果関係ばかりで見がちになることから脱出するのにも、役立つ見方をつくります。


面影というのは、何かをきっかけに、とりわけ「思い」をもつことがきっかけになって浮かぶプロフィールです。プロフィールといっても人とはかぎりません。


一定しないもの、ちょっと見落としているうちに変化してしまうもの、そういうものに対して「うつろい」という言葉が使われている。


これらの言葉が、対象がその現場から離れているとき、また対象がそこにじっとしていないで動き出しているときに、あえて使われていることに気づかれたと思います。すなわち、「ない」という状態と「ある」という状態とをつなげているようなのです。


どこの民族の古代語もそうですが、日本語(倭語あるいは大和言葉)もその発音のつながりによって、何かの言葉が何かの言葉を連鎖させたり、連想させるようにできていました。とくに日本は文字がなかった社会が長かったですから、語り言葉や歌い言葉のつながり方によって、イメージやメッセージが組み立てやすくなっていたはずです。


いわば本場のフォーマルな文物がリアルとしての「真」で、それに対してまだ未熟なカジュアルな文物を、とりあえずヴァーチャルな「仮」としたのです。


和漢の表現がたえず対同的に比べられ、和歌集や屏風といった一緒のメディアに同居していたということです。


神仏習合は日本の宗教形態の中で特異な位置を占めているのではありません。むしろそれがもともとのバックグラウンドでした。その神仏習合という大きな下敷きの上に、仏教も神道も成り立っていると考えたほうが当たっています。


日本語の歴史を考えることは、日本文化の根底を流れる情報編集動向を掴むのには欠かせないものだと、私は考えています。


落花飛葉に「はかなさ」をおぼえる感覚がすでにあらわれています。それだけでなく、水の流れも風の流れも「常ならぬ」ことを示し、色・声・香・味・触・法の六塵さえうつろいやすく、人間の徳目さえ自分で縛りつけていても何にもならないという哲学が表明されています。


公家社会に武家が交じってくる平安末期になると、誤解をおそれないでいえば、無常はそこらじゅうに充満していて、むしろその無常をどのように変じていくかという苦心工夫のほうが目立ってきたほどなのです。


古代から「常」というイメージはどこかの遠いところや、そこから伝わってきたり流れてきたりするものに、想像を逞しくして付与されていたのです。
常なるものや常世の特色は、永遠性や不変性にありました。


私たちの「常」と「無常」の感覚は、神話伝承ルートからも仏教思想ルートからも交差していて、それがさらにウツロとウツロイの語感編集ともおおいに交わり、そこに、肯定と否定を、凸と凹を、浄土と穢土を、「はか」と「はかなし」を、「裏の苫屋」と「花も紅葉も」を、それぞれすばやくまたぐイメージの編集力が高速に往還していたということなのです。


ヴァーチャルなウツにたいするリアルなウツツは正反対の意味をもちながら、それぞれリバースに行き交っていたのでした。そのウツとウツツを、ウツロイがつないでいたのです。


茶の湯にかぎらず、世阿弥も「衆人愛敬」と言ったように、日本の遊芸文化や芸能文化はつねに主客の関係をどのように大切にするかということを前提にしてきました。それは主客の「あいだ」がちょっとしたことで変わるということを知っていたからです。そのちょっとしたことを好みで支えていくのです。


かつての貴族社会が主だった一門や一族を中心に構成されていたのに対して、また、かつての武家社会が御恩奉公・本領安堵をもって成立していたのに対して、江戸時代にはこうした縛りとはまた別の、「文」や「役」がくまなくめぐらされたのでした。


階層や役割やグループが細分化されればされるほど、それらの活動や目的を情報的な目印として明示する必要がふえ、それがひいては、法被や手拭や提灯に至る物品の大量生産や大量制作を次々に生み出したということです。


丹羽正伯、稲生若水、小野蘭山といった名は、あまり知られていない人々かも知れませんが、実はこのような産物・物産の分類調査のエキスパートであって、このような人々がいなければ、日本は自立の用意などできなかったというべきです。


今日の歴史教科書問題もそうですが、自国の歴史をどう著すかということは、国にとっても民にとっても、国内にとっても外国にとっても、どれひとつ容易な問題ではないのです。徳川社会はそのこと自身を自己編集することによって、初めて「日本」というものに向き合った時代となりました。



幕府の方針からしても、予想通りではなかったものの、日本の「中国離れ」は否応なくおこったのです。けれども、実際の幕藩体制のなかでは、それが国際的な政治面から切り離されて内政化されました。鎖国とはそのことです。その内政転換期に実学的な産業経済面が接ぎ木され、それが結局は徳川社会の実質になっていったということなのです。


世界の神話はたいてい民族の起源や国土の創成や、また神々や歴史の発生に関する物語が語られています。そこでは、「つくる」や「うむ」や「なる」といった基本動詞によってその発生が説明されています。


日本の神話や風土記では、もっぱら「うむ」や「なる」がたくさん使われていて、そこで何がおこったかといえば、「そう、そこで、そうなったのです」というような、説明にならないような説明ばかりが使われているのです。これは分割や分配とは、どうもちがいます。


宣長は「もののあわれ」や「やまとだましひ」とは、どこか一点に求められるものではなく、また、どこかに起源が特定できるものではなく、それはたえず「本来」から「将来」に向かう途次にしかあらわれないということを主張したのです。


実は国学も、また古学も、いま思索している対象がもっている言葉以外の概念をもってきてそれを規定してみたところで、何かを考えたことにはならないと、それだけを言ったわけなのです。


日本には「専守防衛論」ばかりが多いということです。海上権を制するという発想がないのです。これでは「おもかげの国」は守れません。


日本はつねに「判例法」や「慣習法」を重視してきた国で、どんなことも実態を見てから法令をくみあわせて切り抜けてきました。
これに対してアメリカなどは、制定した法がひとつの現実そのものを意味するようになっていて、法は理想であって、かつまた現実対処の方針そのものなのです。それゆえべつだん褒めるなどまったくないのですが、アメリカで正義と義務の法が一つ通れば、大規模な空爆も可能なのです。


この国家は一言でいえば、議院内閣制度をもった立憲君主制というものですが、岩倉具視や大久保利通の幕末維新の構想が示しているように、この大日本帝国という国は「玉」を抱くことによって成立した有司専制国家でした。もともと法制度と法意識が甘い日本において、とりわけ超法規的な存在だとみなされていた天皇をもって近代国家をつくろうというのですから、これはどうみてもどこか全体的に暗示的なのです。そもそも天皇を戴くいう意味が追及されてはいません。


とくに王政復古による明治維新とは何だったのかとふりかえると、黒船のような圧力の前で、ひょっとしたら別のプランもあったかもしれない天皇制というものを、あのように慌てて統帥権の最高責任者にしてしまったのは、実は国家プランがなかったというより、やはり外交政策がほとんど機能せず、それはまわりまわって「外国」に弱い日本の姿の露呈だったかと言われても、仕方がないかもしれません。
しかし、私は、はたしてそれだけだろうかとも思っています。そこには「おもかげの国」の追求がやはりなかったのかとも、思えてくるのです。


当時の日本のキリスト教は、内村鑑三や海老名弾正や新渡戸稲造がそうであったように、日本人の理想の生き方を問うためのものになっていたのです。


これら(三宅雪嶺、陸羯南など)は、今日予想されるような国粋主義やウルトラ・ナショナリズムとはそうとう異なるもので、どちらかといえば日本は「西洋の開化」をめざすのではなく「日本の開化」をめざすべきだというものです。
すなわち「外部の必要」ではなく「内部の必要」を説いたのです。国体論を書いた加藤弘之でさえ「内養」といいました。そういう意味では、開明的保守主義です。


さきほど私は、日本には「制度法」がないということを言いました。それが黒船以降の幕末の動揺を決着させられなかった原因のひとつであり、ひいては「王政復古と欧化体制」というバランスを崩させて欧米一辺倒となり、その反発が日本主義や排外主義へと日本を駆り立てたという経緯もお話ししてみました。けれども、内村から見るとキリスト教社会では最初から制度があって、その制度から抜け出せないことがその精神を腐敗させていると見えたのです。


「ほんとうの日本国民をつくりまするには、どうしても日本国民の魂、日本の国の土の匂ひに立脚した郷土童謡の力によらねばなりません」


九鬼は「無」や「無常」が、何かを失ってそこに芽生えるものであって、そこに何か欠けているものがあることによって卒然と成立することに思いいたったのでした。


明治維新というのは、一言でいうのなら、日本を植民地にするまいという攘夷運動と、まったく同じ意図による開国運動が切り結ぶように交じったところでおこった大きな変化です。


人間の歴史というものは、そこから前へ向かって生きていかなければなりません。そのためには、何かに出会う必要がある。出会ってどうするかといえば、恋をする。その恋は異性間の恋だけではなく、異質なものへの恋ということで、これまでお話ししてきたことでいえば、日本文化が恋をした相手は、漢字や仏像や唐物などでした。


その異質との出会いを新たな文化装置のなかで鍛えていくと、そこから僅かながらも(つまり偶然性も関与しながら)独自にウツロイ出てくるものが見えてくるはずです。そこにスタイルやモードを見いだして、洗練させていく。私が本書でのべてきた言葉でいえば、これは「数奇に徹する」ということになるでしょう。


私は、どこかで「なる」「つぎ」「いきほひ」のうえに「むすび」が熾るような、「おもかげの国」と「うつろいの国」が今日なお息づいているということを確信しています。


以上
またね***



2012年5月7日月曜日

人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。(食べる読書95)




あまり読まない読書に関する本。


これまで、本の一部を著者の読者論を語った本はあったが、まるまる一冊読書について語る本はおそらく初めてだと思う。


読んだ感想として、自分の読書の仕方に自信を持つ部分もあったり新たな視点を提供してもらったような感じだ。


やはり、私のように中途半端に読書をしているのではなく、徹底的に本を読んだ時期がある著者の考え・経験・意見は勉強になります。


おもしろかったです。


文体がどこかしら中谷彰浩さんに似てるなあとも感じた。


自分の興味ある分野を極めた人の著作は読んでて損はないと感じた一冊でありました。


以下抜粋


量をこなさずに質だけをお手軽に求めていては、人生を十分に味わうことができません。


読書家に貧乏人がいないことだけは確か。
貧しい時こそ本を買って知恵への投資をすべき。


何か新しいことに挑む場合、読書せずに挑むのとたっぷりと読書してから挑むのとでは、結果は雲泥の差となります。


エグゼクティブに限って流行のベストセラーを読んでいる。
リストラ候補に限って群がってベストセラーを批判する。


ベストセラーは読まなくても買う価値がある。
プロは内容以外のすべてからも気づきを得る。


いつも第一志望に対しては貪欲であってください。
2回以上立ち読みさせた本は、あなたの潜在意識がそれを欲しているからに他なりません。
幸せになる第一歩は、自分に正直になることです。


本をプレゼントする人は人間味溢れる人が多い。
翌日お礼ハガキが届けられたら狂喜されること間違いなし。


本を読むということは
自分とのコミュニケーション


文字量が少ない本ほど内容が濃い。
童話や詩集で天才の頭脳にじっくり触れる。


著者の違う3冊を読んでみるとグンと深堀できる。
「好きな著者」「嫌いな著者」「初めての著者」


大好きな人の本をすべて読んでいたら、きっと出逢う時がやってきます。
その時チャンスを掴むための超具体的な質問を用意しておきましょう。


気づく力は、その人が背負っているリスクに比例します。
リスクとは当事者意識のことです。


著者や講師に何時間教えてもらっても根拠は永遠にわかりません。
根拠なんて自分で行動して痛い目に遭ってからしかわからないからです。
それよりは勝手に自分流に勘違いして、どんどんチャレンジしていくことです。


本気で本質を衝く能力を磨きたいのであれば、すべてにおいて当事者意識を持って考える癖をつけることです。
だから、どんなに有能なサラリーマンコンサルタントよりも、命をかけている中小企業の経営者の方が本質を衝く能力は上です。


正確にいえば、タイトルとカバーはマーケティングです。


出版社をSWOT分析してみる


読んで感銘を受けた言葉は、そのまま自分の好きな人に書いて送りましょう。
「今日読んだ本に、こんな素敵な言葉がありました。あなたに送ります」だけで十分です。


人間の心理が見事に反映されたものこそが、ベストセラーになっているのです。
人間の心理を把握できるようになるのは、お金を稼ぐ第一歩です。


知恵は無限にお金になります。
その代わり時間がかかります。


周囲の目を気にせず「金持ち本」を貪り読もう。
自分なりの方程式がきっと見つかるから。


我々人間は唯一、頭脳によって地球上の他の動物を支配してくることができました。


一度、「この人の頭からは知恵が次から次に溢れてくる」と認知されると、知恵が続く限り人とお金の流れは途絶えることがありません。


すべてが悪循環のときこそ、読書のチャンスです。
幸せの絶頂のときには、平和ボケしているので本当の意味の読書はできません。


根拠を100%持つのではなく、30%の仮説思考で生きていく姿勢が大切です。



すべての職業は難しいことをやさしく伝えることが仕事なのです。


人生から「ありえない」をなくしていくことが大人の勉強。
大人の勉強のライバルは、子ども時代の自分。


自分の好きなことをとことん極めようとするだけでいい。
ついつい専門的なことを勉強しているあなたがいる。


つらいことがあった際、まずは自分でその事実を受容する人は、まもなく素敵な人との出逢いがあります。


たくさん本を読んでいると、愚痴を言わなくなります。

なぜなら、読書とはネガティブな愚痴を聞いてはくれず、ポジティブな考え方を著者と一緒に考えざるを得ない行為だからです。

ポジティブな考え方を自分なりに見つけ出せる人は、一人でも輝けます。
一人で輝ける人だけが、別の一人で輝いている人と出逢うことができるのです。

羊同士が群がっても成し遂げることはできませんが、ライオン同士の出逢いなら世の中を変えていけるのです。


以上
またね***



2012年5月6日日曜日

大丈夫!うまくいくから(食べる読書94)




日々うまくいくために我々は何かをするという考えのもと行動するのが一般的だろう。


それは、うまくいくというよりうまくいかすために頑張っているともいえる。


しかし、本書はそんなに肩に力を入れなくてもいいよ。こんな考えで行動していれば結果としてうまくいっているからさっ!みたいな内容だ。


だから、うまくいかすのは私たち自身というより、何かしら人智を超えたものがうまくいくように働いているということ。


読んでて気が楽になります。


笑顔になります。


以下抜粋

自分のかなえたいこと、夢や希望も、心から思っていれば必ず実現します。「今の自分にはとても無理……」と思える大それたことでも、ずっと思い描いていれば必ず実現するのです。


基本は、自分の心をいつもプラスの状態にしておくこと、つまり明るく楽しく穏やかにしておくことで、そのような心で暮らしているといつの間にか固まっていきます。


人間は、そうなることが絶対に決まっていると思うことは心配しません。だから、自分のかなえたいことも「現実になるのが当然」と思える思い方をすればいいのです。そのためには、かなえたいことのひとつ先を考えられるようになると、うまくいくのです。


思い描くときに妥協することはないのです。
自分が準備しただけ現実になるので、妥協したら、妥協したところまでしかかないません。


頭で一生懸命考えてひねり出さなくても、自然に動いたことが良い方へ転がっていくようになります。これが、精神レベルを上げたときに実感する一番すごいことです。


まわりから見てどんなに恵まれた環境でも、本人が不満やトラブルを抱えていたら幸せではありませんよね。それぞれの生活環境で、自分の生活に心から満足して楽しく過ごしている幸せな人、こういう人が精神レベルの高い人です。


精神レベルを上げていると、その人の嫌な面を見ないで済むようになるので、同じ人なのに嫌な思いをしなくなるのです。


同じような話が耳に入ってくるときは、なにか意味のあることで、それをやってみたらうまくいくかもしれないこと、あるいは、これから先に起こるなにかと関係があるかもしれないことなど、どちらにしても情報だということです。


理由もない思いつきを行動に移すのは、根拠がないから勇気がいるし、なかなか難しいですよね。でも、根拠がないのに思いつくからこそすごいことだと思いませんか。根拠があるのは頭の中で考えていることだけれど、理由がないのに思いついてしまったんだから、これはすごいことで、意味がないはずがありません。やってみて損のない情報です。


自分の心が、自分に悪いことを思いつくはずがありません。
自分の感じ方に自信を持って、それに素直になった方がうまくいくと思います。


精神レベルが上がると、「当時は嫌だったけど、そのお陰でこうなった」という流れがはっきりとわかります。無駄なことはひとつもないとわかるので、嫌なことがやってくるという感覚はないのです。


トラブルが起きたときは、レベルアップするチャンスなのです。


一見マイナスに感じることも、実は意味のないことはなくすべてプラスであったということです。成功するために、その人にとって必要だから起こったことなのです。その時点で卑屈になって、「もうダメだ」と思っていたらそれまでだったでしょう。


執着になっているかどうかは、やっていて自分の心がウキウキしているかどうかです。


「良いことばかり続いていたから、今度は悪いことがきた」と言う人がときどきいますが、その段階ごとに感謝をしていれば悪いことは起こりません。
そこに落とし穴のように良くないことが起こるのであれば、それに浮かれて調子に乗っていることへのお知らせです。


どんなことでも自分をレベルアップさせてくれるために起こっていて、結局自分にとってプラスのことしかやってこないことがわかるので、「うまくできているなあ、ありがたいなあ」と心から思います。


褒められるということは、その人にとってプラスなので、ますますやる気が湧くのです。


うれしいことを起こしたいなら「うれしい」と言えばいいのです。これを癖にすると、言っていたからそうなったのか、そうなっているから言っているのか、どちらが先かわからなくなるくらい、どんどんうれしいことがやってきます。


まわりからどう見えるかではなく、そこにいる本人が幸せを感じているかが幸せの条件ですよね。


すでに充分満ち足りているのに、さらに抜きん出たいと思う物質欲や支配欲があります。幸せのためと信じて突き進んでいても、それを手に入れた結果、本当に幸せになったでしょうか?
裏には、それにともなうたくさんの犠牲があります。すべては人間の「もっとこうなりたい」という我欲から始まっているのです。
まわりにあることを素直に受け入れて満足する幸せに人間が気づかない限り、また同じようなことが繰り返されます。


以上
またね***



水滸伝2(食べる読書93)




武松、試練の時。


しかし、自身の中で解決した後は大活躍です。四巻以降から乞うご期待です。


そしてついにこれまでの構想・計画を実行に移す時がきた。


ようやくスタート地点に立つところまで来たということだろう。


厳しい境遇をくぐりぬいてきた、林冲。


大きく大きく変わった。


人はいろんな出来事に直面する。だが、出来事自体はそれで終わっても我々の人生はまだまだ続くのだ。


その出来事から何を学ぶかが大事などとよく言われるが、なにを学ぶべきかがわかってればそんな出来事など出来事とすら認識しないのではないかと思う。それは風邪を引いたら体を休めるというくらいのもので、どう対処すればいいかわかっているということだし、その出来事自体の本質をすでに見抜いているということだろうからだ。


だから、人生は新しいことばかりだといえる。


しかし、そうではない。いや、そんな人生は拒否する。


本書でよく語られるのが「志」である。


まず「志」ありきなのだ。


こういう人生の指針が前提にあって初めて出来事は出来事となるのではないだろうか。


もしそうだとするのなら、奇妙な言い方だが、出来事は我々にとって新しくはあるが、それは我々に古くからあるものを再確認させる。その古くからあるものというのが「志」だ。


我々の目の前にそびえたつ出来事はそれ自体個々にとって新しい、がそれ故に(人生を今後も生きてゆかねばならないし、その出来事に直面することが人間の目的ではないために)それに対処するにはすでに個々の中にあるすべてを総動員して対処しなければならない。その個々の中にあるすべてというのはただ漠然とごちゃ混ぜになって我々を形成しているわけではない。ある概念というか価値観によって整頓されている。それが「志」だ。


つまり、出来事は半官半民のように、人に出来事と認識された時点で新しくもあるし、それと同時に古くもある。新と古の両方によって成り立っている。


出来事から学ぶというのなら、それは、古くからある「志」に照らし合わせると、この出来事に対してどう対応すればいいかということではないか。その新しい対応法を学ぶのだ。


そしてそれは、古くからある「志」の新たな表情をも見ることにもなる。


新と古が織りなすハーモニーとでも表現すればいいだろうか。それは、新が古に吸収され、それによって古は変化するがそのため次は全く別の新と必ず出会うことになる。同じ出来事(新)には出会わない。なぜなら我々自身(古)がその出来事(新)を吸収することで変化したので、同じ出来事が起きてもそれは我々の手の中に既にあるといえるからだ。


だから、新しいだけの人生というのは何も「志」を持たず、ただ目の前の出来事に反応しているだけの人生を意味している。何も創らないし、築けない。なぜなら、ただ反応しているだけからだ。


人が変わるメカニズムを出来事という切り口で考えてみたが、これが成長となるのだろうか。変化ではあることは確かだが…。


そのためには、個と集団といった視点でも考えていく必要があるように思える。


水滸伝完結BOX (集英社文庫)では出来事を通して人が変わる姿が多く描かれている。


その中で、個としては苦しいが、集団という視点により救われたり、逆もあったりする。


ま、その答えは追々見つかるだろう。


この水滸伝 2 替天の章 (集英社文庫)で武松に愛着を持ちました(^_-)-☆


以下抜粋

たやすく打ち崩せるような自分ではなかったのだ。


梁山湖の山寨を手に入れる。それは単に、場所を手に入れるだけであっていいはずはない。梁山湖に籠る賊徒の心も、また手に入れるべきなのだ。


そして雄弁家は、自らをも騙したりしてしまう。


蔡京は、軍が政争に口を挟むのを、極端に警戒していた。ひとつにまとまって力を持てば、そうなりかねない。満足はさせず、暴発するほどの不満も抱かせずという方針で、そのやり方は実に巧みだった。


死を選ぶ気はないが、死を恐れる気もない。


男は、自ら闘うことの意味さえ分かっていればいいのだ。死んで悔むのは、その意味がわかっていない時だけだ


志を見据え、見失わないようにする。自分のなすべきことは、多分それだろう。複雑なことは、呉用のように頭のいい人間が考えればいいのだ。


志、志と思いつめると、どこかで方向を間違えるかもしれないという気もする。


二人の友であるためには、盗人であってはならない。


「闘って、死ぬ。勝てぬまでも、華々しく闘って死ぬ。数年前まで、私はそう思っていた。そうやって闘うことで、この国の民の心の中に、なにかを植えつけることができると。それでいいし、それだけしかできないだろう、とも思っていた。いまは違う。私は生きたい。闘って、生きて、そして勝ちたい」


これからは、もっと人が死ぬ。そういう予感が、晁蓋にはあった。それが、自分や同志が望んでいる戦というものの、本当の一面でもあるのだ。


悲しみの涙など、生き残った者が、自らのために流すものでしかないのだろう


「宋江殿だから集まった、という人間は多い。戦の指揮は、軍人に任せておけばいいのです。その戦の意味を見失わないというのが、宋江殿のお役目でしょう」


夢が、ただの夢ではなくなりつつある。追うことができるもの。それがいま、はっきりと見えてきていた。


殺すなら、決定的なところでやらなければならない。兵のひとりひとりが、納得することが大切なのだ。


「志を全うしようとする以上、官軍との戦は避けられぬ。私はひとつだけ、ここに誓おう。志にもとる戦を、私は私自身に禁じる。それで、すべてをわかってほしい」


「戦の最後は、まともな軍なのだ。どんな戦でも、それは同じだ。致死軍は、本隊がまともに闘える場を作るだけのことだ」


ただ、志のために大事だった、という思い以上のものが、この男に対してはあった。自分が生きていることを、苦しさの中でわからせようとした男。ともに苦しもうとさえした男。
志だけが大事なのではない、と教えてくれたのも、この男だった。


作家は物語という「虚」を売る。しかしその「虚」の値打ちを高める要素の中に、作家の姿という「実」があることも確かだ。


以上
またね***



2012年5月2日水曜日

魂を養う教育悪から学ぶ教育(食べる読書92)




著者のこれまでの作品からの文を抜粋してテーマごとにまとめてある本。


以前堺屋太一さんの本でこのようなコンセプトの本を読んだ。


文脈がない分その文章の意味を自分でいろいろ考える。そういう意味で、ただ字面だけでは読めない本なんだろうと感じた。


情報過多の現代、本質がどこにもないように感じる。そんな中、著者の考えは新鮮であるし、自分を見つめるとはどういうことかというヒントも何かしら得られるのではないかと感じた。


よって、本書の文章を味わい、楽しむことが大切かなと思う。


以下抜粋


しなければならないことは強制的にさせ、したいこともさせる、その両面をカバーするのが、人間を創ることだ、とは思わなかったのである。


教育が模倣と強制に始まり、独創性と自発性に発展する例だが、こういう体験、こういう成り行きは、決して私一人が体験した特殊例でもないだろう。


ボランティア活動は、人間の共通の運命に対して深い認識を持った時にしか、その意味を理解できない。


子供は、幼いうちから、できるだけ早く、人のお役に立てる子であるように訓練し、それを褒めてやらなければならない。しかし現実は反対だ。国民は無限に国家に要求し、それが当然の人権であり、時には人のために働けなどと強制される不自由は、個人の自由の侵害、となるのである。


教育の根本は、まず自分をただすことである。


今の教育は、知ることに血道を上げていて、それを「料理する」哲学のことは考えていない。教養と創造力がなければ知識をその人らしく活用することなど、全くできないのである。


教育というものの根本は効果を期待してはいけないということにある。


教育とは、(私流のいい方をすれば)自分の不利益になることでも、時には自己をさし出せる程度に、強く自由で人間として豊かな考え方をできるように、自分を開発するのを目的とする場所なのである。


徳というのは、満足を生み出す能力だ。それは教育のあるなしにかかわらず天からこっそりある個人の懐に降ってきた星のように感じられる。


力が悪いのではないのである。力の使い方を間違える時に悪くなるのである。その点をはっきりと、子供たちに教えるべきであろう。


どんな正当な意見でも匿名を希望する場合には、そこにすでに「効果だけは自分の功績で、それから起こる問題の責任は引き受けない」というカビのように湿った匂いがする。


人権については、あちこちで討議されるが、愛については現代日本ではほとんど真剣に考えられることがない。


学校であれ、家庭であれ、教育が行われる場所がもし健全に機能しているとすれば、それは、その場所が、人生の明暗を教えているからだ。当然明も教えるが、図らずも暗も教えるから意味があるのだ。


個性は自分で創るのだ。どこででも、いかなる環境ででも、その気さえあれば、ということだ。


日本の教育に、必要なことは、人間は誰もがどのような悪をもなし得ると同時に、どのような崇高な行動をも取り得るという、その両極をはっきりと認識し、教えることである。


人間は、自分の弱みや卑怯さを知った時、人間の哀しみというものに気づいて、共通の運命に対するやさしさも出てくるのです。


健康は他人の痛みのわからない人を作り、勤勉は時に怠け者に対する狭量とゆとりのなさを生む。
優しさは優柔不断になり、誠実は人を窒息させそうになる。


よく世間では「正直者が損をする」と言うけど、正直者はもともと損をするのも承知で正直なのよ。


道徳というのは他人を思いやることである。


自分が手にしている状態はどれも、大切なものですが、かと言って執着してもいけません。大切に思うことと、執着することとは別です。


よくも悪くもない人生、ではない。人生はよくも悪くもある、のである。それを味わう方法が学問であり、それに至る道が教育であろう。その道を天文学や物理学でみつけた人もいるし、電気的な新しい機器の開発で探った人もいる。


教育の責任者の第一は、自分である。少なくとも、小学校五、六年くらい以降は教育の責任のほとんどは自分にある、と言わねばならない。


家庭内暴力を振るう子供のほとんどは、家で大切にされ、親から用事を言いつけられたようなこともなく、お客さん扱いされているだけで、家族が生きる運命を自分も共に担っているという光栄を一度も自覚したことがないのだろうと思う。だから暴力でも振るってみせて、自分はこんなに力があるんだぞ、と示すほかはないのでしょう。


親は初めから、文部科学省や学校や世間は子供に何も教えてくれない、と思ったほうがいい。敬語の使い方を教えるのも、いじめに負けない子に育てるのも、全部、親の仕事だと覚悟すればいいのです。


西部に移住したアメリカの移住者の子は、幼いころから、馬に乗り、木を切ったり、水を汲んだり、家を建てたり、牛を飼ったりすることを覚えた。生活に参加することすなわち、しつけであった。


人間は、ひとからもらう立場にいる限り、決して、満足することもなく、幸福にもなれない、というのが現実である。人間は、病人であろうが、子供であろうが、老人であろうが、他人に与える立場になったとき、初めて充ち足りる。



知的であることだけが教育で、その教育を受ける生身の人間が生存を続ける方法を教えなかったのだからおかしなものだ。


何を望むか、とこまかく考えて行えば恐ろしくて何も望めなくなるものだが、それでも親というものは野放図に、始末の悪い無邪気さと恐れのなさで、子供の教育の目標というものを簡単にうち立てるのである。その横暴な圧政をかなり平気で強いているのが、我々親たちの本当の姿だと思ってさしつかえない。


自分を失った人間は、もはや真の意味で人間ではなく、真の人間でないものに、動物以上の訓練ーーつまり教育を期待することはムリだからである。


職場でも先任者には、敬意を払うのが当然である。私たちは一日の長のある人には、教えを乞うのである。


心理的、経済的に、貧困と潤沢の双方の中で、子供たちは人生を学ぶ。とにかく現実的に刺激をシャワーのように受け、その結果に苦しまなければ人間は決して成長しない。


人は再起不能なほど不幸に傷つきもするが、その傷を犬のように自分で舐めて癒し、そこから前よりも強くなって立ち直ることもある。


今から約半世紀前の原爆でも空襲でも、多くの子供たちが、地獄を見た。焼死体の山を見、親を失い、食べるものも着るものもなく焦土をさまよった。それでも多くの人たちは、すばらしい性根を持った大人に育った。苦労を知っているがゆえに、平和への希求も苦悩に耐える精神力も強い心の温かい人間になったのである。


親も子供も早くから、人間社会には神の如き正しい評価などありはしないのだということを、はっきりと、腰をすえて知るべきなのである。


子供たちにとって、大切なのは、不当なる評価を受けてそれに耐えられる精神力をつけることなのである。


子供たちを競わせることを、どうして恐れるのだろう。人間全体を競うことなど、そもそも、初めから全く不可能なことなのだ。だからこそ、人間は、部分を競うことによって、自分を発見し、自分を鍛える役に立てる。それをいたわる必要は全くない。


教育というものは、先生は文字通り先達で、生徒はそれに従うものだ、というはっきりした立場がないと、成立しないのである。あらゆる芸術、学問、技術の習得はすべてそうだ。今はやりの平等、人権、民主主義などといった概念では全く解決しない。


教育は人間に対するものだ。そして人間は無限に変わる。その場その場で対処するのも、人間を生かす一つのやり方だ。
変わらない原則があるとすれば、それは永遠のかなたにある理想の部分である。耐えられる人間になること、充分に言葉の通じる人間になること、すべてにおいて自らを律する人間になること、他人の幸福と不幸を自分のことのように思えること、などだ。


国家・国旗に対する礼儀はその国の国民に対して見せられる敬愛の印である。そういう行為がどこへ行ってもすらすらと見せられるように、私たちは自国の国家と国旗に慣れしたしませることで子供を教育する。


あらゆる危険を予知できる能力こそ、生きるための基本である。


程度は別として、子供を、常に苦難に耐えるように訓練しておきなさい。


どんな子供であろうと、最終的に自分の身を守るのは、自分の体力であり知恵であることを、私は早くから教えたいと思う。


一人の人間をとりかこむ状況は、個人的にも社会的にも、不動のものであるということこそ考えられない。動き、変化するものが、生活そのものである。


私たちの多くは、幼い時、大なり小なり親に困らされたものであった。親の命令は、妥当なものも多かったが、高圧的でピントはずれで子供の希望を打ち砕くようにさえ思えるものもあった。冷静にいえば意味のあるものもあったし、ないものもあった、というあたりが真実だろう。
しかし私たちは命令に従い、納得したり不平を抱いたりし、むしろその故にこそ社会と人間の真実を見抜く眼を養った。もっと普通の言葉で言うと、困らされたから見抜けるようになったのである。


むずかしくても、どうしたら希望に近い道があるか、探す姿勢を取れるのが人間の魅力である。


魅力の背後には、必ずその人に与えられた二つとない人生の重みをしっかりと受け止めている姿勢のよさがある。


人は自己の生き方を選ぶべきなのである。そしてそれはまた一人一人に課せられた任務であり、社会を支える偉大な要素になる。


スポーツの最大の産物は、練習の鬼になり、勝って「なせばなる」などと確信することではない。練習しても練習しても、才能に限度のあることを知り、常に自分の前に強者がいて、自分に砂埃をかけていくのに耐えて、自分を見失わないことなのだろう、と思った。


世の中には誰がしなくてもすべきことがあり、誰がしても、するべきではないこともある。人並みになることを追求する、ということは個人の尊厳の放棄である。


最高の人間関係は、自分の苦しみや悲しみは、できるだけ静かに自分で耐え、何も言わない人の悲しみと苦労を無言のうちに深く察することができる人同士が付き合うことである。


自分の人生はその人自身が選ばなくてはいけない。そして選ぶ過程には、教師も親も踏み込んではならない。その人の心の聖域なんですから。


学校も職業も、何より身の丈に合ったものがいいのね。無理に背伸びすると、人にも迷惑をかけ、自分もおもしろくありません。病気や、性格の破綻、といったものは、多くの場合そういう不自然な執着を持つ時に起こります。


以上
またね***