2009年11月6日金曜日

’09新時代シンポジウム

去る11月3日、新時代シンポジウムに行った。

五大先見人と言うにふさわしい素晴らしい講師の方々の話を聞いた。
大和信春先生、福田純子先生、林英臣先生、芳村思風先生、藤原直哉先生、そして、コーディネーターとして清水義晴先生。

それぞれ独自の視点から次の時代を語っておられた。共通していたのは、これまでとは意識レベルで変わらないといけないということを感じた。言葉は違うが、五人とも向かうところは同じなので、アプローチの仕方も、本質は同じだと感じる部分もあった。

はっきり言って、消化しきれてないというのが本音。レベルが高い。なかなか行間が読めなかった。だが、こんな考えもあるというのは大いに勉強になった。ありがとうございます。

個人的には、自分の考えの方向性と似ているので、自分の解釈しやすいように変換して理解している部分が多く、特に目新しいというものではなかった。というのは、大和先生、清水義晴先生の本を読んでいたので、そこで、すでにかなり衝撃を受けていた。

激動時代は変化対応ではなく、自分でやるという意識で。
自分を通して全体、宇宙をつかむが、自分の中のセンサーである感性が磨かれないといけない。感性は、素直でないと鈍る。
揺れ動く時代では、適応能力が高くないといけない。笑顔は、その能力の一つ。
平和の時代は、今日のことだけ考えればいいが、乱世ではこの乱世の後のこと(未来)を考えないと生きる元気がなくなる。今は、古いものを整理するための混乱。
今は、資本主義・西洋文明期・人類前史の終わりである。

変化適応→役立ち優先
降りてゆく→差を取り除く
台湾が中国を復活させるカギになるかも
三つの要素で転換期が動いた。原点・大局・行動。幕末では、国家神道(原点)。蘭学・洋学(大局)。陽明学・儒学(行動)。
祈り=上手に心の運転できた
苦しいときほど未来のタネまいた
困ったときほど人を助ける
天分:1、内なる声に耳傾ける。2、危機感持つ。3、運命を肯定する。
人がつぶれるのは自分の運命を否定しているから。「こんな程度でへこたれてたまるか」という気持ち。
一人一人が自分の頭で自分の解決策を創る。
“動く”ことで、時間・空間できる。
孤独感・無力感感じた時、心はダメージ受ける。
物事は何でも始めは一人。
希望のないまま生きる。

嵐の向こう側にある太陽の光を垣間見た気がしました。
常に光はある。それは、自分自身が発している光によるものである。なぜなら、光がないとものは見えないからだ。

もう出し惜しみはしない。出し惜しみはしない。出し惜しみしない。出し惜しみしない。自分の能力を出し惜しみはしない。俺はもっと上に行ける。全力で今のことをこなせ。能力はある。それを出すだけ。妥協してたら、先はないよお。

明るかったです。素晴らしい場を提供してくださって本当にありがとうございました。自分の勉強不足も分かりましたし、頑張ってらっしゃる人が多いということもわかりました。とても明るく、刺激的な時をありがとうございました。皆さん大好きです。

以上
またね***

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