2009年12月31日木曜日

幼女と煙草(食べる読書15)



幼女と煙草
」 早川書房 ブノワ・デュトゥールトゥル 著

面白い。が、後半にいくにつれてしゃれにならないなと感じてくる。群集心理とは違うとは思うが、いやに現実の真理が含まれていると思う。皮肉たっぷりなことが多いが、妙に納得してしまう。

読んでて、真実には到達できないんだなと感じざるを得なくなってしまう。人はある事実に対してそれを内包する更なる事実を勝手に作って生きているように感じた。その事実が真実に近づけばいいが、必ずしもそうではないし、立場によって作り出す事実は異なる。時間と空間に制限のあるわれわれ人間は、すべてを把握できるだろうか。だが、この挑戦がそのまま社会の高度化ということなのだと思う。社会権が比較的新しい権利として社会の中に根付いてきたのもこの表れではないか。

どちらにしても、この本は普通に生活していたのでは見えない”社会の盲点”に気づかせてくれる。

ここで、あとがきにある著者のこの本についてのコメントを載せる。
「前向きな要素(健康、子供の保護、メディアなど)がかつて見られた圧政のやり口と同じくらい乱暴な暴虐行為にどうやって姿を変えるのか。また、以前は権力と支配という名のもとに振るわれていた暴力が、今日どうやって善と正義の名のもとに行使されるのか。これは現代のひとつの特徴だと僕は思っている。」

また、訳者はこういっている。
「私たちの生きる社会は不確かな人の心で動いており、それゆえに善と悪とは紙一重であることを浮き彫りにして見せたのである。」

以上のコメントは、この本をうまく表現していると思う。

以下、面白いと思った表現を抜粋する。
「彼の関心ごとは、死が目前に迫っていることや若い盛りに無へ沈み込むことではなく、自分に権利があるものを獲得することだけなのだと。」

「ひどく頭の鈍い犯罪者がこれほどにまで大胆に、前代未聞の法的問題を手中にしている」

「子供の存在は、多くの人間の心を動かすと同時に、残りの人間の心をいらだたせる。」

「”煙草”と”生きること”に接点ができた。人が、”煙草に救われた”のだ。
忘れられた法律条項のおかげで、煙草は”人間の親友”となった。」

「喫煙に反対する複数の団体が押し付けた規則は、何より受刑者個人の保護と受動喫煙を対象としているが、別の見方をすれば、煙草ははなはだ体に悪いので、消えてほしい人物に対してそれを禁止する理由はどこにもないのである。」

「警察並みの尋問の的確さは、事実のばかげた貧弱さと対照的だった!」

「脆きものへの愛を、」

「彼らの低いモラルが、そのモラルをさらに簡略化して粗野なバージョンに変えた、ここでしか通用しないモラルを再生産しているということも。彼らは、時代の幻想に押し付けられたメディア受けする恥ずべき行為が身に付いていた。」

「この犯罪者は僕のおかげで、より高尚な目標を得たのだ。」

「人質たちは相変わらず、カメラの前で恐れおののいているようだった。一方、自由のある世界では、彼らはいまやスター扱いされていた。」

「地球の生活環境の悪化を前に誓いを表明したあとですぐに別の関心ごとに頭を切り替えるということが、彼らにはできるのだった。」

「人生というものをまだしっかり理解していない人間がいることに同意いただいた上で、両親を慰めながら死ぬ病気の子供たちのことを考えてみてください。その子たちにとって死は、表面的で実体がないに等しい通過点に過ぎないんです。かたや、働き盛りまっただなかの大人にとっては、ノスタルジーの強烈さと深淵を除くときのおびえというのは計り知れないものです。」

「この子はひどく愚鈍そうだ、ということは何かを説明することすら無駄なんだ。しかも僕のことを、赤ん坊のころから手の届くところに置かれている数え切れないほどの余興の一つとしてみている。」

「ただの一秒も、無実を証明させてもらえないからです。」

「弱者を守ることばかりにこれほど気を使う世の中で、男は、四、五十歳の平凡な男は、少しの同情も受ける資格がないのでしょうか?」

「彼女は世界の不幸に魅力を感じていながら、まだ傷や苦しみにとことん寄り添ったことがないように見えます。」

「ごく凡庸な参加者であり、浅はかで頑固で人の心を動かすことがほとんどないという特徴において人類の典型そのものですーそして、それがために不思議と気高いのです・・・。」
以上
またね***


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