2009年10月6日火曜日

変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから(食べる読書5)



変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから
」 太郎次郎社 清水 義晴 著

この本は、私の思考を深めさせてくれた。新たな視点を提供し世の中の流れの方向性も大まかに感じられた。自分の価値観と合っている。そう感じずにはいられなかった。一気には読めず、所々立ち止まって、自分の中で消化してからでないと読み進められなかった。どこか心に引っかかったんだろう。

さまざまな活動をされてきた、清水さんの体験を通して、大多数の価値観とは異なる価値観のもと行われた活動を記している。

「べてるの家」、「大潟町・松林再生」「夢のある学校づくり」「地域の茶の間」「創作掛軸」「一人一研究」「加茂インテリア・アート・プロジェクト」「素人集団の選挙」などなど、ほかにもいろいろなことをされていました。

こういった活動の根底にある共通した価値観は、個人に焦点を当てるということだと思う。ある意味、構造主義だけでは世の中は回っていかないということだと思う。では、具体的にどういうことなのか?という一つの解答例が、多数のっているのがこの本だと思う。以下、心にきた部分を引用しよう。


変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから


「管理や指示は人の依存心を助長し、主体性を阻むだけだからです。」

「自立しない子供の問題と考えるよりも、自立するきっかけを奪い続けてきた大人の問題ととらえるほうが適切かと思います。」

「いくつもの問題をべてるという組織全体の中に配置させ、それぞれの関係をとらえなおすことによって解決しようとしているのです。」

「個々人の内的な変化です。一人一人と町との関係が変わったため」

「自らの事業が周囲との健全な共存関係を失ったために、売る力(=生命力)が衰えたと考えるほうが、はるかに理にかなっているのではないでしょうか。」

「病気と言う“問題”は、自分自身との関係、自分と周りとの関係を良好にすることによってしか根本的に解決していかないと、べてるでは考えているのです。」

「私たち教育にたずさわる者は、<志>だけが武器なのです。」

「今の教育は、あらゆることを<対象化>することしか教えない。子供には<一体化>の経験こそが必要なんです。」

「思いと目的を共有する“場”が生まれると、いつのまにか創造性が出てきます。“場”が“場”としての自己表現を始めるのです。そうなってくると、おもしろいことに各人の役割や分担も自然と決まっていきます。さらに不思議な事には、そうやって“場”が活性化されていくと、個別の欠点や問題は自然と解消の方向に向かうか、少なくとも気にならなくなっていくのです。それは、“場”というものが、人と人との信頼関係の上に成り立つものだからだと思います。」
これは、プロデュースの特徴であった、「従来の問題解決法では解決できない問題を解決する」こととつながるんじゃないかな。

「そこにいる人たちは、てんでバラバラに振る舞い、好き勝手なことをしているのですが、明らかにそこには一つの調和があって、森のような豊かさを感じるのです。」

「<地域の茶の間>には、人がありのままでいられる人間関係が作られています。だれもが自然なので、いろいろなことが気にならないのです。」

「<地域の茶の間>では誰も人を評価しませんし、くらべません。ましてや裁いたりはしません。その子は自然と自分の居場所を発見したのではないでしょうか。<地域に茶の間>に集まる人たちみんなでつくりあげた“場”の力による効果だと、私は思います。」

「本当に必要で意味のある情報や新しい時代のメッセージは、誰もが容易に手に入れることができるマス・メディアの中にはもはやない、ということは感じていましたが、大切な情報やメッセージは真っ先に、こうして直接人から人へと伝えられていくものなのだ」

「人々は(そうはっきりと自覚していなくとも)自らが社会の問題解決の主体となることを志向し始めているからです。それが十分に可能な状況がすでに到来しつつあります。」

「パートナーを得て、お互いが感応していくのです。仕事を続けていくうちに、パートナーが変化していくのがわかります。そこから新しい価値、今までにないものが生まれてくる。」

「人は仕事には妥協するが、趣味には妥協しない。」

「人間というのは比較を取り払うと、随分と創意にあふれた個性的なものなんだな」

「処理した情報と彼の行動が直結していたからです。」

「不必要な情報に振り回されず、しっかりと自立した価値観を持ち、自分のしたいことがはっきりとわかっている。」

「僕はホントにふつうの人。ただ一つだけ違うのは、ほかの人なら心配することを、ぼくは心配しないで生きていけるだけ。」

「“経済”とは元来、経国済民あるいは経世済民といい、世の中をおさめ、人民の苦しみを救うことを意味していたそうです。それがいつのまにか、経済は“商い”と同じ意味になってしまいました。その商いが交易をおろそかにし、自分だけの利益を追う姿勢へと向かったため、世の中のバランスが崩れ、社会の弱いところ、小さいところにしわ寄せが集まる一方になったのだと思います。」

「効率や能力によって人間が判断され、利益だけで事業の方向性が決定される世の中から、社会的役割や人生の意味によって事業が起こり、その仕事のやりがいに人が集まってくるような社会が始まりつつある」

「競争から降りてみたら、何かを失うどころか、そこには仕事への創造性と喜びが待っていました。」

「自分の生き方と矛盾しないで、できれば他人を傷つけることなく、誇りを持てるような仕事や生き方をしたいと願っている人が多くいます。」

「桑原さんや本名さんは商売において、勝つことではなくて社会と調和することを望んでいるように見えます。売る人と買う人に人間的なつながりがあり、働くことにやりがいと充実感がある。」

「自分で判断し行動する自立した個人が、少しずつ現れはじめているという変化だと思います。」

「政治のプロほど、“人間は自立して苦労するよりも、依存して楽するほうを選ぶ”という、どこかみくびった市民観を捨てきれないようです。」

「選挙を闘いではなく、仲間作りの場にしよう。勝敗というのがあるとするなら、候補者の考えに共感する仲間を、どちらがより多く作ったかを競い合おう。」

「自分とはずいぶん異なる考え方を持つ人との出会いによって、自身の信念がさらに鍛えられるような機会が、いつのまにか少なくなっていました。」

「この選挙で私が本当に譲れないことは、一つか二つしかないはずだ。それ以外は、自分が負けたらいい。その時に、感情の始末をきちんとつければなおいい。」


変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから


以上
またね***


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