2012年7月24日火曜日

水滸伝八(食べる読書109)





祝家荘戦である。



これまでにない闘いだった。その闘いの質において、厳しく、初めから人材を発掘するしかなかった。



その現状の中で使える方法を考えていくという意味でおもしろかった。



解宝・解珍、李応がいたのは運が良かったのだろう。



というより、どこかしらに梁山泊に呼応する人物がいるということはある意味で、梁山泊が宋の本質を衝いているということである。また、宋の本質だけでなく、人の本質も併せ持っている。これらは表裏一体ではあるが。つまり社会とは人である。このことを考えさせられる巻だった。



以下抜粋


しかし、ほんとうに生きたのか。自分を見つめることから逃れて、ただ歳月を重ねただけではないのか。


自分の人生に、臆病だった。それは、虎とむかい合った時、臆病になることとは違う。


「変わったものは、よく頭に入れておけよ、解宝。なにかと考えるより、できるだけ覚えておくのだ」



「私は、いきなり孫立に頼みごとをした。人生を左右するのは間違いない頼み事だ。頼み事をしながら、貫く義がなにひとつとしてない。梁山泊の志は別として、私自身の話になるのだが。捕えられ、八つ裂きにされても構わん。私はここで、孫立を待つ」



「猛き心を取り戻すことだ。すべて、心だ。身は老いても、雄々しくあることだ」



「もう、これはわしには必要ない。これからは、自分自身で戦うからだ」



炎を見つめながら”替天行道”をすべて燃やした。密かにあこがれだけを抱いていた過去が、これで消えた。



目的がある。どれほどでも、卑屈になれた。


「俺を、信じろ。多くは言わん。信じて、ただ闘え。生き残ろうと思うな。死のうとも思うな。生死を超越し、ただ闘うのだ」



純真な眼をした男だった。修羅場を、修羅場とも思わず、潜り抜けてきたのだろう。こういう男も、秦明は嫌いではなかった。
「さっきから聞いてりゃ、難しいとしか言ってねえよ、あんた。死ぬ気になったら、なにが難しい?」



考えすぎるのは、弱さでもあった。


「やさしすぎるのだな、あなたは。これからの人生で、それがまたあなたを傷つけることがなければいい、と思うのだが」


こういう時こそ、総大将の決定です。戦の流れを作るということですから



そうやって、重いものを背負わなければならない。上に立つ方の宿命ですな。



「私は、自分の部下を信じる、呉用殿。自分の命を、自分で守るということも、ともに学びながら、あの調練を続けてきたのだ」



「頭が固すぎると思うか、杜興?」
「いえ、美徳をお持ちです。相手がどうであろうと、盟約は守るべし。それは、美徳と言ってよいでありましょう」
「美徳で、人は救えん」
「確かに。しかし、美徳を持った人生は、豊かなものだという気もしますが」
「私は、生ききっていない。楽な人生に安住して、ほんとうに生きてはいない。このところ、そんな気がしてならん。生きている、と思いたいのだ、私は。こんなことしか考えられない男が、荘の長などしていいものか。父が長であったというだけで、私は自分の力で長になったのではない。」


頼りないが、しかし動じない。動じないところが、宋江の総大将としての資質だった。



そのあたりは、鷹揚というより、関心がないのではないか、とさえ思えてしまうところだった。しかし総大将には、負ければ死か際限のない屈辱が待っているだけである。
すべてを預けて、平然としていられる。これも、上に立つ者の資質だろう。



「あらゆるものを使い、あらゆる手段を取ります。逡巡は、負けに繋がります」


祝家荘が勝とうが負けようが、どうでもよかった。見えてきたのは、安逸の中で生きる自分の姿であり、ほんとうに望んでいるのは、そこからの脱出だった。
生きていない。そう思う。このままでは、生きたという実感も持たぬまま、一生を終えてしまうかもしれない。それを、拒みたい。自分が、思う通りきちんと生きたのだと感じていたい。
しかし、どうすればいいのか。


秋は待つ。しかし、作ることもやる。ほんとうに待つとは、そういうことだ。



上に立つ者は、人に思い入れをこめてはならない。晁蓋や宋江は、深い思い入れを示すが、それはすべての人間にたいしてであり、だから思い入れなどではないとも言えるのだ。思い入れは、孤独に耐えられない弱さゆえなのだろうか。


「この宋とたちむかう。そう決めた時、生きてはいられまいと思った。いまも、それは変わっておらん。ただ、これほどに闘った者たちがいた。それは、後世にも知らしめたい」



李忠は、傑出した軍人というわけではない。槍の腕もいまひとつで、兵の中にも李忠に勝てる者がいるはずだ。ただ、公平で、視野も狭くなかった。なにより、弱い者の気持をよく理解できる。中隊や大隊を率いるのに、適任だろう。



「違う。めぐり合わせだった、ということだ。頭目になるめぐり合わせだった。今度の戦でもそうだ。杜遷、宋万が死んだ。それで私とおまえが隊長になった。めぐり合わせだな」



「わからぬ。が、私は梁山泊の頭領のひとりと言われるようになってから、常に恥ずかしいと思い続けている。腕は立たぬし、臆病であるし、しばしば手間もかけさせる」
「そんなことは」
「いや、そうなのだ、焦挺。ただ、それも仕方あるまい。私が恥かしさを感じなくなったら、それで終わりなのだ」



「おまえの中で、母御は生きている。そうやって、おまえは生きるしかない。そのうち、心の中は死者で溢れる。それが生きるということでもあるのだぞ。おまえが死ねば、誰の心の中で生き続けるのであろうな」



やれることを、やればいい。杜遷も宋万も、ああいう死に方をしようと、以前から思っていたわけではあるまい。あれが、あの時、二人がやれることだったのだ。



不思議な、解放感があった。自分は、豊かと言われている、独竜岡の荘のひとつの長ではなく、ただ自分のために闘おうとしている人間なのだ。梁山泊の掲げる志には、賛同している。しかし、闘うのは、志のためではない。自分を解き放つため。少なくとも、いまはそうだ。それにだけ、命をかけられる。



男の人生。李応はそう思う。どこかで自分を解き放ち、思うさま生ききってみたい。
閉じていた眼を開いた。



「深刻に考えても、どうにもならぬものを、私は深刻に考えようとは思わない。確かに、おまえは戦場の軍師であると同時に、梁山泊全体のありようも考えなければならない立場にいる。言っていることの意味は、よくわかるぞ。おまえの立場なら、最悪の場合を考えざるを得まい。しかし、もの事はすべて、最悪で進むわけではない」



「人の生死に、余計な思いを紛れこませるな、呉用。林冲も、李逵の板斧で首を刎ねられ、頭を鞠のように蹴り回されていた祝一族の者たちも、同じひとつの命なのだ」



以上
またね***



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