2012年2月15日水曜日

武器としての決断思考(食べる読書79)




詐欺じゃねぇのかぁ?と思う一方で、確かにこれが今の社会の現実を表してもいるのかもなと納得する部分もある。


読んだ感想である。


確かに「武器」として使える考え方だと思う。だけどなあ…、結局武器に過ぎないんだよな。


今は、どんな時代と思っているんだ?


この本は震災前の京都大学での授業をまとめたものであるので、何とも言えないが、もうこの国の生存が問われている段階に入っていると思うのだがどうだろう。財政はここ五年くらいで破綻するといわれてたりするし、その現実味もある。


「武器」というのは、それだけで成り立っているわけではない。


以前話したたそがれ清兵衛 [DVD]のなかのくびになった武士は、黒船来航までは剣の腕が「武器」だった。しかし、時代の急速な変化により、社会の中での「武器」自体も変わった。
その変化に対応できなかった悲劇というか不幸がこの映画の一部としてえがかれている。


この本のいう「武器」は、今の時代を前提とした「武器」にしか思えないし、何しろ、自分のことしか考えていない「武器」のように感じる。


つまり、これから時代の変化に伴う荒波が来る。そんな荒波でも、君たちはその荒波をうまく乗り切る必要がある。その荒波を乗り切るための「武器」がこれだ。


えぇ~!!!?


ちがうだろ!!!


これじゃあ、奴隷のままじゃん。


いつの時代もそうだし、いつでもどこでもそうなんだが、自分が生きるということは、自分の波を起こすことだ。


わかるかな。


なんで、社会に合わせるのが自分なんだ?もうそんなことで生きていける時代はおそらくないんじゃないかと思うのだが、どうだろう。


グローバル化にともない、世界が労働市場になった。それは、身分によって保証されることはなくなっていく方向にあるということである。そして、新興国の台頭により、日本は次のステージへレベルアップしないと、これらの新興国にのまれることにもなる。


これは十年くらい前にいわれていたことだが、中国は日本の東大卒レベルの学生が、日本の東大卒の人数の約十倍が毎年卒業していく。だから、日本が生き残るには、知的財産などの知価社会へと移行し、そこで勝負する教育をしないといけないといわれてはいた。が、動きの遅い大学教育はうまく対応できていないように感じる。


この本のいう「武器」は、まだ工業社会での「武器」じゃないのかあ?と思ってしまった。


その根拠が、社会の動きに対してどう対応するのが最適かを知る方法が「武器」と説いているからだ。


決して、新たな”知的財産”によって社会に波を起こすことではない。


しかし、戦後の日本社会の在り方、その中での東大をはじめとする大学の社会に対する役割、その大学のヒエラルキーでも上位にある京大。まあ、そういう視点で世の中を見るし、教育もするわな。


こういう授業が人気ということ、そしてこの本が売れているということ。


自分だけはどうにかしよう。どうにか生きていかないといけない。という意識が見える。


気高さというか、高貴さは、そこには感じられない。


人を動かすのは、気高さだったり、カリスマ性だったり、何かしら人々の心に尊敬させるものがある。それは決して技術的なものではない。その人の内側からくるものである。


「人に先んずれば人を制せる 

人に先んずられれば人に制せられる」


人々を導ける人材の育成。


これが、いま日本が力を入れる分野である。


まずそこからずれていると思う。


まあ、でも、良いことはいっていた。


だから、以下抜粋


ゆがみやすい個々人の考えをぶつけ合うことで、修正し、より優れたものに昇華させていく。それが重要なのです。


ひとりでものごとを決めようとすると、ゆがんだ答しか出てきません。
そこで必要となってくるのが議論です。


ブレない生き方は、下手をすれば思考停止の生き方になります。


ディベートは決して万能のツールではないのです。あくまで、考えるための筋道をつけてくれる道具にすぎません。


本当は、数億円ものお金を設備投資に回すべきか否かという議論に時間をかけるべきであって、ホワイトボードか黒板かという話はどうでもいい。明確に結論は出るかもしれないけれど、議論に値するものではありません。


何か大きな問題について考えなくてはならないときは、問題を小分けにして、同時に2つか3つの「議論すべき論題」について考えていけるように習慣づけてください。


相手の主張に反論するときは、相手の主張を支える根拠や推論に対して直接、反論を行ってください。


一般論から個別の事例を説明するのが演繹の考え方ですが、詭弁を生みやすいものでもあるので注意が必要です。


個別の事例から一般論を説明するのが帰納の考え方ですが、いちばんよく見かけるのが、都合の良い事例、偏った事例だけを集めてしまうことです。



「英語ができる」「年収が高い」というのは、「学歴が高い」という共通の原因から起きた複数の結果にすぎないわけです。



他に原因がいくつもあるかもしれないのに、特定の原因にのみ着目しているところが問題なのです。


因果関係で注意すべきは「因果関係が逆」「因果関係と相関関係の混同」「特定の原因にのみ着目する」の3点になります。



ディベートというと、自分の主張を通すことに重点が置かれがちですが、実は逆で、自分の主張を無理やり通そうとしている人に反論することのほうが大事です。


公開情報を組み合わせることで、新たな情報を生み出すこともできます。


メディアの報道や風評を信じるのではなく、自分の頭と足を使って、本当のところを確認しに行った方がいいわけです。


たとえば、「コンサルティング会社は学歴重視だ」とリクルーターを務めているОBが言い出したら、「やっぱり東大や早慶が多いんですか?」と聞き、そのあとに「それより学歴下の人で採用された人がいたら、どういう人か教えてもらえますか?」と質問すると、実はその会社が学歴以上に重視している採用基準が見えてきたりします。


大学以降の人生では、情報に接したら、それが本当かどうかをまず疑ってください。「本にこう書いてあるけれど、偉い人がああ言っているけれど、それは本当なのか?」と考えることを習慣にしなければなりません。


短期的な量だけでなく、将来を含めた長期的な量も視野に入れて考えるということです。


なんらかの絶対解や真実を求めようとすることは、「誰かの決めた正解」や、すでに役割を終えた「古い意思決定」に頼ってしまうという、もっとも危険な考え方、そして生き方につながります。


自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていく。


以上
またね***


たそがれ清兵衛 [DVD]


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