2011年7月12日火曜日

日本の盲点(食べる読書30)




脳機能学者苫米地秀人さんが「日本の論点」にモノ申すといった内容。



「政府とマスコミが一体になって行っている情報統制によって作りだされた国民の無知。それは、本当に考えるべき論点が盲点に隠されているということにほかなりません。」というのが実情とのこと。





わかりやすい文章で、本質をついている。



その中で、これまでのマスコミなどによる情報で自分の中で腑に落ちなかったがこの本を読んですっきりした部分がある。




まず、地デジ移行である。ここでなぜ移行する必要があるのず~っと納得できなかった。


「このまま地デジ移行が進むと、…同じテレビ番組のはずなのに、人によって見ているものが違う、といったことが普通に起きるはずです。・・・個人レベルで放送内容を変えられる。」



「アナログ停波後は地デジ放送の遅延も悪用されることになるでしょう。テレビ放送が常に10秒遅れていれば、すべての放送に対してリアルタイムの検閲が可能になります。」


以上二つのことから、「権力による情報コントロール体制が、いよいよ完成するのです。」



このほかにも技術利権と家電業界の利権を移行の理由に挙げているが、長期的に観て、かつ影響が膨大なのは情報コントロール体制のほうだろう。









あと、腑に落ちなかったのが、準備預金制度。手元にあるお金の何倍もの金を貸すことができるということだが、それってどうなんだ?と訳わからなかった。嘘ついてることにはならないのか?




経済・財政の第2章で苫米地さんは、資本主義を健全化するために、中央銀行によるマネーサプライと信用創造をやめることを上げている。


つまり、「中央銀行によるマネーサプライにせよ、信用創造にせよ、冷静に考えれば実態のないお金を生み出し、インフレ的に経済を誘導するものでしかありません。つまり、バブルの元です。」



この準備預金制度が信用創造を支える。その準備預金制度は間違っていると述べている。やっぱりそうだよなあと違和感が解消されたのがよかった。



この金融面からも、支配者である国家は通貨発行権によって経済もコントロールしたいんだろう。気持ちは分からなくもない。もし自分が国を支配していたらそういう面も統制化にしておきたいから。


この第2章はこの本の中でとてもまとまっていてそれに対する考えも、今は一般的ではないがとても理にかなっていると感じた。マネーサプライ廃止はちょっとびっくりだが、インフレデフレの元凶はこれだというのが納得です。




ほかに、よくぞ言ってくれたというのが「日本の政治は”二権分立”である」。



三権分立なんて実在してないんだよねえ。




ここで感じるジレンマがある。こういう政治や社会を扱った教養書はほとんどが、こういう事実がありますよといった著者の調べた内容だったり現状の社会の問題点などを挙げるだけにとどまる。そんな教養書の約1~2割はそんな問題点に対する対応策を著者なりの考えとして記述されている。だけど、この政治の仕組み、「立法・行政」が一体となっている点を問題点として挙げているのに、その対応策として憲法改正や立法など、どうしても指摘している問題部分に実質権利のある対応策しか考えられないことである。



不適合を起こしているシステムに頼る改革など存在しない。




もっと大きくて深い変革が求められている。将来を明るいものにしたいならだ。






また、現在日本国憲法は違反されまくりです。このことはずっと言われてきたことではある。

60年も前のもので完全に日本人の手で作ったとはいえないこの憲法が現実に即しなくなっているのも納得はする。というか、現実の人たちがやりたい放題しているのか。そのどちらか判断する基準すら持っていないというのが問題なのかもしれない。ちょっと論点ずれてるかな。


「”朝礼や体育の号令は思想および良心の自由を保障した憲法第19条違反である”と真っ向から批判することもできます。同様に、特定の倫理観を押しつける”道徳”の授業も19条違反の批判は免れないと思います。」




本書全体的に感じたことは、自分が無知であるということ。マスコミなどによる情報統制に関しては少しは分かっていたつもりだったが、その意図や仕組みについてはわからなかった。また、マスコミに頼らない情報収集・処理に対して全く技術がないことも実感した。



どうしたらそういうインテリジェンスが身につくか教えてほしい。



そういう意味で、山本太郎さんも頑張っている原発反対。



「原発を完全に止めておくだけでも膨大なコストがかかるのです。そのために必要な電力は、ほかのエネルギー源を使って供給せざるをえません。
当面は火力発電への依存を高めるしかないでしょうから、原油価格は高騰し、電力会社の経営コストも上昇します。そのコストは電気代に上乗せされ、国民生活や産業が大打撃を受けることは目に見えています。”電気代が10倍になってもいいから、原発を止めるべきだ”と覚悟している人は、おそらく多くはないでしょう。」


山本太郎さんの熱い男義なところは好きです。

が、デモが適切な方法なのか。また、デモにより得たいこと・ものは何か。もっと明確にする必要があると感じる。ただ原発を止めることだけが目的なら、ただの対処療法でしかなく、根本的解決にはならない。



もう、この日本社会は既に、知らぬ間にいつの間にか、原発によるエネルギー供給込みで成り立つ社会システムになっていると考えていいだろう。


問題は、知らぬ間にいつの間にか。




それは、我々がどう動けば社会を変えられるかを知らないことを示している。根本的な社会の仕組みを知らないのだ。




企業と行政との癒着、アメリカと日本、どれだけのこと知っているのか。もちろんマスコミと行政との癒着も考慮の上での情報分析。





「問題を解決するには、その問題より高い次元でしか解決できない」といった趣旨のことをアインシュタインは言っている。



今の社会より高い視点を持たないといけない。





坂本竜馬は当時の人より高い視点で当時の日本を観ていた。






挑戦だ。





以上
またね***






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