2011年7月19日火曜日

サラリーマンサバイバル(食べる読書32)





大前さん著者で1999年に刊行されたものの文庫版。




12年前の本であるが、基本的な部分において考えは変わっていない。むしろ、12年前からこういう風に世の中の変化をつかんでいたのかと勉強になる。




12年前なので、今ではもう状況が変わった分野もあったり、いまだに大前さんの指摘を実行できていない分野もあると感じた。




この本は大前さん自身の経験を多分に含まれており、仕事に対する姿勢・考えなど実戦に裏付けされた内容が特徴。





この本の結論は、「起業しなさい」ということ。当時の日本社会でサラリーマンしていても、世界で戦っていける、何があっても食いっぱぐれないだけの力はつかない。だから、起業がその力をつけるいい訓練なのだと。




読んでてとても勇気づけられ、明るく自分を信じるように考えが変わる。





以下、抜粋




世の中は、いつの世も、変化についてくることはあっても、変化を先導することはない。むしろ迫害の側に回るだけだ。





ルールを守ることを無上の喜びとするような人間では、新しいルールを導き出せない。





全ては与えられた仕事を前向きに、そしていざとなれば自分の平素準備していた考え方を開陳できるようにしていたから、小さなチャンスを何回かものにできたのである。






私は自分が引き受けた仕事は100%自分で最後までやる。自分が100%やることは難しいと思った仕事は、最初から他のチームに全部任せ、自分はいっさい絡まない。中途半端は嫌い。やるか、やらないかのどちらかだ。そこまで徹底しないと仕事に責任が持てないし、本当にお客さんのためになる仕事もできないと思うのだ。





非常にはっきりしているのは、どんな分野でも変化を拒否するシステムの中にある職業は、これから世の中そのものによって拒否されていく時代になるということだ。





すでに早逝する人は増えているのだが、長生きする老人のほうがもっと増加しているため、平均ではまだ延びる方向にいっているだけなのだ。粗食の時代を経験した世代がいなくなったら、その時点から平均寿命は縮まる方向に転じ、高齢化社会もなくなる。このことに気づいている人は少ないが、縮まり始めたら“生保危機”が到来するのは間違いない。





人間というのは、周りの人がやっていることを観察して、新しい枠組みを組み立てる。




国家主導型資本主義の国では、政府がどこまで国民をだましていうことをきかせられるかが勝負になってくる。





最初はスペシャリストを育てておいて、幹部になりそうになってきたらゼネラリストに育てるというのが、日本企業の人材教育なのだ。





単に知識として知っているだけではなく、実際に駆動できるだけの“つながり”ができているかどうか、である。





攻撃型の頭の使い方をする人は、そこから自分で実際に調べ始める。その結果、大半の人が考えていることと違う結論が出てくるわけだ。「これは本当だろうか」と思った途端に、自分で何を調べれば本当か嘘かが分かるということになるから、そこで求めている情報は一般には出回っていない情報になる。





ビジネスの場合に基礎体力をつけるということは、何にでも興味を持って関心領域を広げ、自分で質問してみる、しかし情報はできるだけ遮断して本当に必要なことだけを深く掘り下げて考える、という癖をつけることだ。





ただし、自分から意図的に人的ネットワークをつくろうとしてはいけない。自分の生き方を定めていく過程において自然にできたネットワークでないと、ダメなネットワークになる可能性が高いのだ。





すこし長い眼で見て、これは、と思う方向を見つけ、そこに向かって人よりも先に泳ぎつく訓練を、今から始めなくてはならない。




以上
またね***



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