2009年2月2日月曜日

es(エス)

es[エス] [DVD]
という映画を見た。ドイツ映画。

興味深かった。人間の性質というか、本質というものが何となくわかるような気がする。

これは一つの実験なんだが、希望者を募り、それを二つのグループに分ける。

一方は看守。もう一方は囚人。

ま、刑務所ごっこだな。

昔読んだ、ドストエフスキーの「死の家の記録」(刑務所の中での話)の中でこんな感じで書かれてた部分があった。

「一人の人間の心身に対する一方的な暴力を許すということは、その社会全体がたとえ人権を尊重してるとはいっても、その他大勢の人の人権が認められてても、それは一方的な暴力の上にしか成り立っていない。それは社会全体としての問題だ。」

みたいに書かれてたのを思い出す。

この映画はすごいな。

この実験のルールとして、看守の言うことに囚人は必ず従うというのがある。

まさにそれだ。はじめはみんなふざけてたが、このルールを忠実に守ろうとすると看守と囚人の権力争いが起こる。

外界とは隔離されたこの世界を支配するのは、看守は絶対というルール。だが、囚人にしてみれば、自己を否定されたように感じるんだろう。そして、看守の命令をしかとすると、今度は看守が自分を否定されたように感じる。

だが実際どちらも相手の人格を否定しているわけではない。ただルールを守っているだけ。はっきりいって、ルールと自分の人格との間には何の関係もない。だけど、勘違いする。そこがポイントかなと思う。

そして、看守は命令を守らせるため手荒い方法を使い、その刑務所内での発言力を手に入れる。こうなると看守の行動はエスカレートしていく。いかにも自分たちに力があるからこの囚人たちを自由にできると勘違いして。ただルールがそうなってるだけなのに。だから、この実験の主催者である教授たちにも手を下すようになる。

囚人たちはこの看守たちがすぐれてるから従っているわけではない。看守を見ているのではなく、ルールを見ている。だが、看守たちは、自分に従う囚人たちを見て、自分に力があるからだと思いこむ。

そんな中で、だれも人を見てはいない。自分自身をも人として見ていない。だから、囚人の中にはノイローゼになるものも出てくる。自分はこんなに相手にされない人間なのかと。めっちゃ落ち込みまくり。

そんな中、主人公(囚人役)は、最近出会った女性とのことを考えたり、積極的に他の囚人に話しかけるようにして、自分が人であることを失わないようにしてたように感じる。この中ではこんなざまだけど、自分たちにはほかの顔があるじゃん。みたいな。

結局狂気の中で実験は中止となるのだが、死人も出るし、教授も負傷。

厳しいな。まあ、世間も似たり寄ったりだろうけど。

う~ん。

てめえら、少しは自分を見つめろ!!!ふざけんな!!!たった一つのルールに踊らされてんじゃねえ!!!

ちょっとむかついた今日この頃でした。自分自身に対しても…。


es[エス] [DVD]


以上
また明日***

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