2009年1月4日日曜日

心にきた言葉集4


政治学 (中公クラシックス)


「国家体制というのは、国家におけるさまざまな支配と統治の役職に関して、これらを秩序付ける一定の仕方であり、それら役職がどんなふうに人々の間に配分されるか、何がその国家体制の中で最高の権力を握るものか、またそれぞれの共同関係の目的は何であるかを定めるのに対して、法律の方は、国家体制を明らかにする原理とは別のものであって、統治と支配の役職に就いたものが、その役目を果たすにしても、またこの法律を踏み外すものが出ないように防ぐにしてもそれに基づいてしなければならないという規則なのである。」

なるほど、法律は国家体制が何であろうと普遍的な役目を持ってるのか。確かに、北朝鮮やシリア、サウジアラビアなど日本と国家体制が違う国々にも法律は一応あるんだよな。

以前、集団について考えた。そこには”要素”があると結論付けた。

国家体制、あるいは法律は”要素”となりうるか?

まず、ここで考えている集団は国を構成する国民だ。歴史的にみると国家体制は変わる。フランス革命で王制から民主制へ、ロシア革命で王制から社会主義制へ、日本でも明治維新で幕藩体制から民主制へ。

集団構成員が全員同じものを見ているそれが”要素”である。つまり考え方。時とともに大多数の人の考え方が変わった。これが国家体制の変化。そしてそれは考え方を実際に行動に移した結果である。

答:国家体制、法律は”要素”にはなりえない。これらはただ要素3の行動を具体化したものにすぎない。

じゃあ、人は見ているけど見えないものを見ているということ?人を動かすのは目に見えないもの?

ニート増大、派遣増大、国の借金増大、CО2濃度高、などなどこれらを見ているが実際は我々は何を見てる?というか、感じ取っている?と考えると、人間の情報収集はやはり感覚器に頼るしかないのか?などと考えてしまう。

あぁ~…、いろいろ疑問が出てきて収集つかない。

一応、今日の言葉はアリストテレスの「政治学 (中公クラシックス)
」から。

すごいな!何千年の時を超えて生き残った書物は。すでに本質を見抜いてるよなあ。今の時代でも通用しまくりだもんな。

以上
またね***

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