「一つの目的を終局の目的としない計画、計画の中から次の目的が生まれ出て、成長してゆくような計画、つまり、ビホウ策の連続であるような計画は、全く不可能なのでしょうか。これは特に、地域計画とか都市計画のように明確な目的をもつと困るような分野では明らかなことです。これは目的を見失うということではありません。目的の自発的拒否であり、目的の流動化といってもいいかもしれません。目的が明確であるということは、機能的であるということです。機能的であるということは、単能的であるということです。今こそ目的を持たぬことの積極的意味を評価すべきではないでしょうか。漂流型の行動の美学の意味を、積極的に評価すべきではないでしょうか。」
う~ん、面白いなあ。
目的の流動化。たぶんこれは、最大の目的は高度に抽象化されていて、それを達成する当面の目的をその時の状況によって臨機応変に変えることを意味してると思うがどうだろう。
でも実際は、都市計画などは、技術の進歩が速いため、その時の最高の技術でできることをしていってるだけだと思うんだよな。
まあ、この文章の中で俺が心を惹かれたのは、「目的が明確であるということは、単能的」というとこ。
ということは、いつ・どこで・何を目的にするかを的確につかめることができれば、秒単位で目的を変えることができれば、なんでもできるんじゃねえかあ~なんて思う。
つ~ことは、人生というのは目的の多重層をこなしていくことか?この一時間でやることの目的は、この一カ月でやることの目的に内包されてて、それはさらに一年のそれに内包されてて…といった具合。
じゃあ、最後の目的は?まさにあの世へと一歩を踏み出す間際で、「やれやれ、俺の人生HAPPYだったなあ。それじゃあ、バイバイみんな!」なんて思うことだと思う。自分の人生に悔いなし状態だな(笑)。
以上
今日も明日も、その次も…永遠にHAPPYでいよう!
では、また***
2009年1月10日土曜日
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