2009年1月19日月曜日

心にきた言葉集14

「宗教というものが歴史的に見て人間に何を与えたかというと、一番大きいものは、やっぱりコスモロジーだと思うんです。つまり、“世界というのはこうなっているんだ”と、実に見事な説明をある一つの体系をもって与えてくれたわけです。近代になると、宗教が与えていたコスモロジーは、実はフィクションであるということになる。それが科学の立場です。それで科学は科学で一つのコスモロジーを与えようとしたけれども、それが必ずしもうまくいかない。つまり、万人が納得するという形では説明できない。」

だけど、最近は科学の発達でどんどん説明できる範囲は広がってるように感じるが、どうだろう。

特に最近流行ってる、「脳知る」はすごいね。茂木健一郎さんや苫米地英人さん。なるほどぉ、確かにそうだよな。と納得することが多い。

心と脳が同じということが衝撃的だったなあ。扱う対称が「情報空間」か「物理空間」かで呼び方が変わる。

う~ん、…勉強の意味というか概念も変わっていくのかなあと思う。まあ、間違いなく高校大学はそのあり方、社会的役割というか社会での立ち位置は変わるんじゃないかな。それは、ただ単に社会システムの変化に伴うだけなんだが。
今は、情報処理のスピード自体が価値があるんだが、全員がそれをこなせるようになるとどうなるのか。やっぱり創造かな?

感覚的に、歴史上にすでにこういう状態があったような感じはする。歴史には詳しくないんだが…。

歴史的創造が行われる場合、すでにその創造が可能となる土台が出来上がってたといったことだと感じる。

環境が変わるということ、その社会システムでは成り立たないという環境かな。

以上
感覚的発言ばかりですみません…。日常生活の中で目にする情報から受け取った印象ですので、裏付けがありませんので。

また、明日***

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