2009年1月25日日曜日

心にきた言葉集18

「自己の手のひらより紅血を滴らすか、滑沢柔軟のもののみを握るか。この二つは、明らかに人力と運命との関係の好否を語るところの目安である。運命のいずれかを招致せんとするものは思を致すべきである。」

意味わかんね~。

努力論 (岩波文庫)
」を一冊ちゃんと読まないとわからないだろうなあ。

自分で道を切り開くか、運命に身を任せるかということかな。

そして、運命を自分の身に引き寄せるには、考えろということか。

確かに、この部分で人力と運命は車の両輪のようなものだと書いてあった。昔は読んでてどういうことか全く分からなかったけど、今はなんとなくわかるような気がする。

自分の力だけじゃどうにもならないことがある。でもそこを突破しないといけない。そこで運命を味方につける。そのためには考えることだ。

何を考えるのだろう。たぶんその内容はその時の状況によって変わる。だが、考えた結果として新たな視点というか概念、価値観が現れることが求められる。今風にいえば、スコトーマがずれる。

それは、自分と社会との関係性に変化をもたらす。関わる人が変わったり、関わり方が変わったりといろいろ変わる。まるでそれが自分の運命であったかのように。出会うべくしてその人とは出会ったかのように。

そしてそれは自分のこなす仕事の内容をも変える。ま、社会とのかかわり方が変わるのだから自分の仕事内容も変わるのは当然なんだが。つまり、力の入れるところが変わる。

新たな仕事を極めていくと、また自分の力だけでは突破できない限界が見える。そして、関わり方を変え、人の力を借り、自分の居場所を見つける。

実際は、人力と運命の両方を行って人は過ごしている。特に成功する人は、この二つのサイクルが早いように感じる。だから、たった一年でも全く違った景色を見れるんだろう。

最近の特徴として、昔のように職人は黙ってものを創ってればいいという時代じゃないといわれる。

なぜか、社会の流れが速いから。それは、社会とのかかわり方に変化を要求する。自分から積極的に売り出さないといけない。こんなに腕のいいやつがここにいるぞ!と。それもいろいろな売り出し方が必要だ。それは多様な社会とのかかわりを意味する。

上で、人の力を借りると表現したが、人は必ず他人の援助を受けているということ。ロビンソンクルーソーでもない限り、一人で生きることはできないことを意味しているし、それが人間だということ。だからここまで文明は発達してきた。

結論:二つの視点を持とう。自分のやることとどう社会と関わるかということ。


努力論 (岩波文庫)


以上
選挙行こ。
また、明日***

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